2003年09月18日(木) |
ずっと気になっていたことに手をつける。 最初に気づいたのは、夏が来ようとしていた頃だった。ベランダの大鉢の一つ、ラベンダーに、蟻の姿が常に見られるようになった。ここは、地べた続きの部屋じゃない。それなのにどうしてこんなに蟻の姿があるんだろう。 蟻の駆除剤を撒いてみた。厭だなと思いながらもその姿を見かけたらとにかく足で潰してもみた。それでも蟻は倦むことを知らずに現れる。 あぁ、やられたな。そう思った。何処かの鉢に巣を作られたんだ、恐らくは。思いながら、気づきながら、でも、対処にまで手が届かなかった。毎日を越えていくことだけで、正直手一杯だったから。 数ヶ月、そうして放置したの後。ようやく私は手を伸ばした。私が両手で抱えて余るほど大きなプランターを、両足を踏ん張ってよいしょっと持ち上げ、ベランダに広げた新聞紙の上、ひっくり返す。 いや、ひっくり返したつもりなのだが、全然土が崩れてこない。おかしいなぁと思いながら土を手でかき解してみる。以前ここに植えていたエリカのひげ根なのか違うのか分からないけれども、細い網のような根が至るところに張っており、それらが土を挟み込んでいる。そのために、鉢をひっくり返しても土が落ちてこないのだ。 もう、自棄になって、両手で土を崩す、崩す。そしてようやく鉢からラベンダーを引き抜いた。そこには、大きな大きな蟻の巣があった。 これでもかというほどの蟻。卵を持って大慌てで逃げ惑う者もいる。しばし、私は、その黒い粒の群れを前に、呆気にとられてしまう。 まるで。 私の気づかないところで、私の一部がどんどん侵されていた、その腫瘍を今、ありありと見せられたような、そんな錯覚に陥る。 あぁ、こうして山ほどの蟻を見下ろしているのも自分なら、その眼の下でこうして慌てふためいて自分の家を守ろうともがいている蟻もまた、自分だ。そんな気がした。 一瞬、ここ数ヶ月に経た場面場面が、私の網膜でフラッシュバックのように閃く。 そうして私は。 ありったけの駆除剤を、広げた土の上に撒き。逃げる蟻を可能な限りサンダルで踏み潰し。駆除剤にまみれた土と蟻とを、容赦なくビニール袋に詰めてゆく。ぎゅう、ぎゅう、と、ぶちぶち、と、土と蟻の悲鳴が聞える気がする。それも一緒に、ぐいぐいと、私はビニール袋に詰めてゆく。 全ての作業を終えた後、ベランダは静まり返り。 引き抜いたラベンダーの株は、とりあえず、水を張ったバケツの中。少し傾きながら、浮いている。
足で潰した蟻も私。薬の中に閉じ込められた蟻も私。そして。 こうして今、その、死んだ土と窒息しかけている蟻とが仰山詰まった袋の横で、空をぽかんと見上げているのも、これもまた私。
正だけの行為(或いは思想)なんて、多分ない。いつだって、正と負とが交じり合ってそこに在る。白と黒とに分かれるものよりもずっと、灰色の方がずっとたくさん在る。 そんな混沌を、混沌として受けとめる、それが、恐らくは私にできる、唯一のこと。 その両方を手に乗せて。その狭間に起立する。 そんなふうに、在れたら、いい。
今朝、薬まみれの土と蟻とを積め込んだ袋はごみに出され。今、ベランダは、しんと静まり返っている。 |
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