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創作帳
ささめ
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2005年11月06日(日)
4頁 『猫』


猫がいなくなったのは、丁度3年前のこのくらいの時期だった。
2〜3日、彼女の姿を見ずに過ごして、はてと思ったのを覚えている。
動物の癖に、どこか抜けていた彼女は臆病者でもあったので、
屋根裏や納戸に隠れてしまうことも少なくなかった。
そういったこともあって、とりたてて騒ぐことではなかったのだが、
あまりにも彼女の痕跡が見つけられなかったのが疑問であった。
「きっと今回は遠くまで行ってしまったんだろう」
また、どこぞに遊びに行って犬にでも吠えられて蹲っているのだろう。
そのように考えても見たが、少し胸騒ぎがしたように思う。
…いや、あまり考えてなかったのかもしれない。
今になって“そういえば”と思っているだけかもしれない。
ただ、不意に怖くなって彼女を探しに行ったのは確かだ。
私が所用で何日か出かけることになっており、その前に彼女の無事を確かめたかったのだ。
「ねこ、ねこ」
といつのまにやらついてしまった彼女の名を呼びつつ、
私は家の中や、裏の堤防、店に面した表通りを歩いた。
夜分のことだったので、目の悪い私にはちょっとした苦労だったが、
それよりも安心したいという気持ちの方が強かった。
そして、ちょうど家の後ろ半分、倉庫になっている部分の脇で、私は猫の声を聞いた。聞いた、と思う。
それは切羽詰ったような声にも、ただ返事をしている声にも聞こえた。
私は何度も彼女を呼んだ。
そうすれば、彼女は出てくることもあったし、同じくらい出てこないこともあった。
出ておいでと私は何度も何度も呼んだのだが、この夜も彼女は出ては来なかった。
いやだな、とは思ったが次の日には遠方への出発を控えていたので、
私はそこであきらめて眠ることにした。
猫は私としばしば一緒に寝るのだが、その夜も彼女は姿を現さなかった。

幾日かして、私は帰ってきた。
旅行の間も猫がいないことは私を不安にさせていたので、
まず家族に「猫を見たか」と聞いた。答えは否だった。
餌場を覗けば、彼女の皿は綺麗に片付いていた。
こっそりと彼女が帰ってきていたのかもしれない。
近所の野良猫に食べられたのかもしれない。
私はまた家の裏手、川沿いの堤防の上を彼女を探して歩いた。
このころには私の胸には嫌な予感が常に存在していた。
いっそ神にすがる思いで馬鹿な賭けをした。
「もし、もういなくなったのなら振り返った瞬間に何かの兆しがある」
その時の私は川を背に立っていたので、振り返る先は川だった。
私は振り返った。
何も起こらなかった。
だが、なんともいえない奇妙な予感がした。
その時の景色は今でも覚えている。
薄い灰色の空、灰色というよりもうすく汚れた白い空。
日の暮れる“夕暮れ”になる寸前で、すべてがうっすらと白かった。
私の視界の真ん中から左にかけて、鳥の群れが飛び立った。
…私は賭けに負けた。

何日もしないうちに、彼女は見つかった。
やはり、というべきか。
声を聞いた側の隣の家、その屋根の上で死んでいたそうだ。
隣の小父さんが教えてくれたので、父が引き取ってくれていた。
私は仕事をしていた。
帰って彼女の姿を見るのには時間が必要だった。
大きく膨らんでいて虫が湧いている、と父が言った。
寒い日だったが、前日の雨でそうなったんだろうとも言っていた。
見るのが怖かった。死んだ近しいものをみるのは初めてだった。
父についてもらったが、私があまりに震えるので父が手を握ってくれた。
彼女は、濁った目をしていた。
ダンボールに入った彼女を運んで、私は穴を掘った。
仕事が終わった後だったので、どんどんとあたりは暗くなっていった。
途中から懐中電灯を用意して掘り続けた。
穴を掘る私の横で、ダンボールはときおり音をたてた。
腹が割けているというのを聞いて箱ごと埋めようと思っていたが、
固い地盤にあたってしまったのであきらめた。
大事にしていた服を一枚敷いて、その上に猫を落とした。
そのころには妹も一緒にそばにいてくいれていた。
最後に、彼女の額をなでてやった。

盛った土の上に大き目の石を置いて、裏にあった花をさしてみた。
手を合わせてみたが、何を思えばいいのかわからなかった。
ただ、謝ることだけはできないと思った。
私は彼女を見捨てた。もっと探しておけば助けられたかもしれない。
最愛だ大切だといっておきながら、助けられなかった。
あの声は彼女のものだったかどうかもわからない。
でも、苦しかっただろうな、とか痛かっただろうなと思った。

それが一昨年の11月7日。
祖母のなくなる一月前だった。

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祖母の三回忌で、そろそろ区切りをつけようと思いまして。
思い出しつつ書いております。見苦しくてすみません。
ちょっと厚かましくなって自分自身も許してあげたので、
まぁ、ふんぎりつけようかなーと。