青春の思ひで。
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2005年08月13日(土) |
【小説】月が輝く夜空の思いで。 |
なんでそんなことになったんだかもうよくわからない。 例によってお酒がいけないことはわかっているのだけれど。
田舎の夜は早い。 真夜中だったような気がするけれど、まだ日付も変わらぬ時間帯だったのだろう。
街灯の1本もない田舎の路上で死にかけた。
「ふざけるな」と先に言ったのはたぶんあたしの方。 それに対し「話をしようか」とひそやかに言われた。 それに対しても「ふざけるな」と答えたような気がする。 こんなみんながいる場所で何の話をするのさ。 「下へ降りよう」と言われたかどうかは定かではない。 あたしだって、降りたら、ふたりきりになったらまずいことぐらいわかってる。 のに、何故、下に降りようとしたのだろう。 きっと、このままここで、みんなに聞かれる場所で何か言われることに耐えられなかったのだと思う。
階段を降りて、道路へ出た。 当然、追って来られた。 あいつと、もうひとり。 あいつにも、もうひとりにも腕を掴まれて引きずり戻されそうになった。 ふたりの胸倉を交互に掴んで「ふざけるな」とまくしたてた。 「5分経ったら戻るからほっとけ」と。 もうひとりに怒鳴られた。 「おまえこそふざけるな。こんな夜中に女をひとりで歩かせられるか」 たぶん、もうひとりを、あいつが帰したのだと思う。 いつのまにか、あいつとあたしだけになってた。
真っ暗で先の見えない道をどんどん進んだ。 途中でしゃがんで寝転がった。 また起きて歩いた。 あいつに後ろから掴まれた。 何も言わずに乱暴に口をつけられた。舌まで入れられた。 「いいか、よく聞け」と何度も言われた。 その前置きで言われたことは、大意を汲めば、 「これ以上俺に迷惑かけるな」ということと、 「もうこの場所にあんたの居場所はない」ということと、 あとなんだったかな。
それだけひどいことを言っておきながら、それと同時並行であいつは「セックスしよう」とも言う。 ほんとふざけんな、だ。 何で田舎の路上でそんなことしなければならない。 でも、あたしは抵抗できない。男女の体格差、とかじゃなくて。 そしてきっとそれを知っていてあいつはそう言ってくるのだ。 下着の中に手を突っ込まれたのが先だったけれど、あいつのベルトをあたしは自分で外したのだ。 「やっぱりあんたは俺とじゃできない」という言葉と、 「俺はあんんたとじゃできない」という身体の言葉の両方に嬲られた。 「一発、殴らせろ」と言った。 「ああ、殴れよ」と言うので右手を拳にして力の限り頬を一発殴った。 あたしの右手は2週間前にまた別のひとを殴って以来いかれてしまって治ってないのに。
「殺してやる」とも言ったかもしれない。 確かにあたしはあいつの首を締めた。 だけどそれ以上に「殺せよ」と言ったことは確かだ。 あたしが煽った。 「早く殺せよ」と言った。 「おまえに殺されるなら本望だ」と。 首を締められた。 自分で締める力より、後輩が締める力より、強い力で。 当たり前だけれど苦しくて、無様にうめいた。 口付けのような人工呼吸をされた。 きっと、あれじゃ、ほんとに呼吸のないひとは救えない。
腕を掴まれて立たされた。 「戻るぞ」と言われて抵抗した。 ばかのように「5分経ったら戻るからほっとけ」を繰り返した。 たぶん、顔を殴られた。 衝撃はあったけれど、何も残らなかったところからするとたぶん平手だったんだろう。 口付けられた。舌も入れられた。 口唇を強く噛まれて、悲鳴をあげた。 胸の下のあたりを触られた。愛撫のようだと思った。 あいつは、胸の下を触りながらみぞおちを探って、殴った。 ボクシングのマンガで見たような、きれいな拳の入り方だった。 耐えられるはずもなくまたしても無様としか言いようがなくうめいた。 殴られた瞬間は力が抜けて、路上に膝をついた。 けれど意識があるうちは抵抗して戻る方向とは逆方向に進もうとした。 腕を掴まれて引き戻されて殴られた。 繰り返しだ。 殴られて、うめいて、それでも反抗してまた殴られる。 夜の道を進もうとしたら後ろから名前を呼ばれた。 いまだかって一度も呼ばれたことのないファーストネームの方だ。 「大きな声でしゃべるな。あのひとたちに聞かれる」 あの大切なひとたちに、何かばれるのだけが怖かった。 自分の身体が痛めつけられることには何の恐怖もなかった。 何度か殴られて、気を失わない自分を不思議に思った。 何も鍛えてないのに意外と丈夫だなと思った。 「まだまだ」と挑発するように呟いた。また殴られた。
「殺せよ」という言葉は何度言ったのだろう。 路上に押し付けられて首を締められた。 苦しかった。 自分の首にかかるあいつの手を握った。 自分から「殺せよ」と言ったにも関わらず無意識で抵抗していた。 「やっぱりな」と自嘲気味に呟いたあいつが、あたしがずっと救ってあげたかったあの日のあいつと重なって。 あたしは慌てて言った。 「ごめん、もう抵抗しないから」 また強く締められた。 苦しかった。 今度は意識して抵抗しないようにした。
気が付いたら真っ黒な夜空が見えた。 それが何なのかわからなかった。 今この状況が何なのかもわからなかった。 「ここ、どこ?」 あいつがあたしの上で何か呟いている。 「ねぇ、ここ、どこ?」もう一度聞いたら、 「演技なんかするなよ」などなど呟かれた。 目を開けた瞬間は、ほんとうに何が何なのか、ここがどこなのか、どうしてこうなっているのかわからなかった。 あいつのことはわかった。あいつの名前を呼びたかった。 呼ぼうとしたら全部思い出した。 ここがどこなのかを、何故こうなっているのかを。 首を締められて意識を失ったんだ。 いつ目を閉じたか覚えていない。 でも、今あたしは目を見開いた。 あいつの手は首から離れていた。 今まで「あー、死ぬかも、これ」と思ってきたことは何度もあったけれど。 本当に死に近いときは「死ぬかも」なんて思わないんだってことを知った。 あいつはあたしの名前を、いつものようにファミリーネームに敬称をつけて呼びながら「ごめん」を繰り返していた。 泣いていた。 腕を伸ばしてあいつの頭を掻き抱いてあたしも同じように、あいつの名前を呼びながら「ごめん」を繰り返した。 「ごめん。あたしが悪かった。戻ろう」と。 泣きたかったけれど、泣きやしなかった。
どのみちあたしは死ねやしないんだ。
戻ろうとするあいつのからだを抱きしめた。 言いたかったことはもっとあるけれど「ごめん」としか言えなかった。 あいつは抱きしめ返したりなどしなかった。 「俺の好きな女の名前を教えてやるよ」と言われた。 知りたくもなかったけれど、聞かされたどこにでもいそうな女の子の名前。 案の定、思い当たらない女の子だった。
戻るときもこれ以上抵抗されないようにか、腕を掴まれた。 「鼻水くらい拭かせろ」と言ってその腕を外して、Tシャツで顔を拭った。
虹の模様が描かれている白いTシャツは後輩との思い出のものだ。 虹の模様の下に、血の跡がついていた。 あいつの血を、あたしはきっと消したりできないと思う。
あいつはもう少しで本当に殺してくれるところだった。 でも、できなかった。 目を開けたとき、飛び込んできたものは。 真っ暗な夜空の中央に輝く黄金の月。 だけど、それは錯覚のはずだ。 あの夜、月なんて出ていなかった。
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