実のところ、ここの日記というかコラムを読んでいるという人が意外に多いという事が最近判明したので、気が向く限りマメに書いて行きたいと思っているのだ。 新宿ゴールデン街には新旧いくつかの顔なじみに店があるのだが、あの東郷健が新しい店を28日に開店したという。お客は東郷さんに逢いたくてお店にいくんだろうね。俺は、その店の音楽と飲み物が充実していれば嬉しいので、実は有名人の店ってあまり興味ないのだ。あっまさしく今「ブランデーでももってお店に来るように!」というメールが関係者から(笑)。でも、東郷さんといえばなんといっても強烈な政見放送なんだけど、ゆらゆら帝国の坂本君も大好きなレコード『薔薇門』の存在は大きいよな。これはいいアルバムだよね。ハプニングス・フォーも入ってるし。和製サイケ/アートロックの金字塔でしょう。 今日、1月に出る、夜のストレンジャーズのアルバム『SOUL ON FIRE』をいただいた。フライヤーを見たら、怒髪天、スクービードゥなどのコメントに雑じって、自分のコメントも載っていた。だれも褒めてくれないので自分で言うが、改めて読むと非常に良い文章を書いている(笑)。もし機会があったら読んでね。
2006年12月26日(火) |
イブはつぶれたか?(笑) |
てなわけで、12月23日夜と深夜(24日朝)のイベント2本、きていただいた方、どちらも満員のお客さんで本当に感謝します。 もちろん50回転ズの人気もすごいけど、どちらもオープニングは元マヒナスターズの田渕純のムード歌謡大会で、予想以上に客席が湧きまくり、選曲もハマりまくり(自分がしたんだけど・・・)、50回転ズ「天王寺エレジー」やサイクロンズ「クレイジーラブ」もムード歌謡になってしまった。あと「天才バカボン」のエンディングテーマ曲もウケタウケタ。若い女子に「純サマ!」って言われてた(笑)。 深夜は、ジョーとしゃべったビデオ大会もイイ感じにゆるくて楽しくて、50回転ズ覆面カバーバンドのフジサンズは最高のパーティーバンドだった。長時間ハイテンションで最初から最後まで盛り上がっていたので、まともな食事もできずレッドブルばかり飲んでた(笑)。
午後3時に会場入りして朝6時くらいにイベントが終わり、8時くらいには自宅に帰って泥のように夕方くらいまで眠るはずだったのが、お昼に目が覚めてしまい、街に出てレコ屋に顔を出すと、なんと! 名優(怪優)ハッポンこと山谷初男のアルバム『山谷初男の放浪詩集〜新宿』が紙ジャケCDで再再発されているではないか! これは寺山修司が企画して、はちみつぱいも参加してるカルト中のカルト作品で、まさしく昭和40年代新宿のある側面を歌っているのである。トルコ、ゲイバー、ゴールデン街、ストリップ・・・。実はこのアルバム8年くらい前に、俺が「ニューロックの夜明けシリーズ」のドサクサで初CD化したのだけど、全然売れず即廃盤、P社から文句を言われたが(笑)、後になり何人かの音楽マニアというよりもマイナー邦画ファンのような人たちから感謝の言葉をいただき嬉しかった。ハッポンと言えば、CDになってない『新宿76』というJames Brownのライブ盤と同じジャケットのアルバムもあって、これも出して欲しかった。 そういえばJBがお亡くなりになったけどなぜか実感無いよ、横浜アリーナの来日公演も見てるんだけどさ。JBに対する日本でのニュース性の低さが、日本の文化レベルの低さを象徴してるね。 JBの「サニー」知ってる?知らなかったらぜひ聴いて欲しいな。最高なんだよ。勝新太郎の「サニー」と同じくらいイイよ。今、田渕君も「サニー」を歌っていてなかなかこれも好評・・。 今年もたくさんの方が亡くなった。「善人だけが早く死ぬ」って若き日のビリージョエルも歌っていたけどほんとにそう思う。青島幸男にはもう一発世間にかまして欲しかった。
で、24日の夜はそのまま南青山に向かい、エンケンさんの「定食ディナーショウ」に行く。日本人なら定食だろ! ホテルのディナーショウで5万もするフランス料理食っても嬉しくないよなあ。エンケンさんが生まれて初めて作曲したのは、なんと中学校時代の校歌で、その曲をはじめてエンケンバンドで演奏した。ディスクユニオンでは『実況録音大全』の予約が殺到してるらしく、なんかワクワクしてきた。だって本当にすごいよ。 あと、ユニオンといえば赤塚不二夫の『ライブイン・ハトヤ』までも復刻される!!!『まんがナンバー1』の復刻もかなり売れたもよう。来年、赤塚ブームが再燃か?(赤塚大先生!起きて下さい!・・・赤塚マンガ「大先生を読む」ってあったね)
2006年12月20日(水) |
クリスマスなんて大嫌い!なんちゃって |
日本人のくせして、クリスチャンでもないのに、クリスマスに大騒ぎするなよ!って嘆く人もおおいと思う。まあでも幼少の頃からクリスマスってのは、ケーキを食べたりプレゼントをもらったりする楽しい楽しいイベントだったわけで、その1週間後にはお年玉がもらえるんだから、子供にとっては天国のような冬休みだったと思う。 イブでも25日でもいいんだが、子供時代のクリスマスってのは自宅で家族とすごしてご馳走という風習だったはず。十代の頃くらいからはよく友人の家でパーティーとかやってたけどね。しかし、いつから日本だけは、イブまでには恋人を作り、高価なプレゼントを買ってレストランで外食(笑)・・・みたいな行動が当たり前になってしまったのだろうか? それはバブル以降のことなのである。80年代、ボーナスなどのお金を見込んで各企業が派手なプロモーションの結果、インチキな日本のクリスマスが定着したわけである。ハロウィン、クリスマス、正月、ヴァレンタイン・・って「いったいお前は何人だ!」ってミチロウも歌ってたよな。 そんな無節操で団体行動が大好きな日本人に、来年あたりから流行ってほしいイベントを思いつきました。 それは「ラマダン」です。これどうでしょう? 恋人と二人っきりで断食してほしいよね(笑)。流行んないかな。ラマダン明けのパーティーも派手にやって、さぞかし盛り上がるのではないかしらん。
年末はとにかく忙しいっす。そんな遊んでるヒマないよって人も多いだろうが、俺も忙しい中、ダブルでイベントやります。今の日本のインチキなクリスマスをぶっつぶしたいんです(笑)
<ノーチェ・デ・シブヤ> 日時:12月23日18:30 open&start 会場:渋谷屋根裏03-3477-6969 出演:ザ50回転ズ、夜のストレンジャーズ、ザ・サイクロンズ、田渕純(元マヒナスターズ) DJ:キングジョー、サミー前田
<クレイジーミッドナイト69〜クリスマスをぶっつぶせ!ロック秘蔵映像講座> 日時:12月23日24:30 open&start 会場:新宿歌舞伎町ロフトプラスワン VJ&DJ:キングジョー、サミー前田 ライブ:フジサンズ(富田林)、GRAVY(福井)、田渕純(元マヒナスターズ)
1970年代の音楽と映画の主要な人物を紹介した『和モノ辞典』(ウルトラヴァイヴ刊行)が朝日新聞で絶賛されているという。俺も執筆しています〜
2006年12月16日(土) |
急遽呼ばれたリマスタリング |
早くも師走である。早い早すぎる。今年はけっこう仕事したようなしてないような。
先日、急遽連絡があり、某伝説バンド関連、70年代の名盤2作のマスタリングに立ち会うことに。いろいろめんどくさいので名前は出しません(笑) 呼ばれたスタジオには、70年代から歌謡曲とかボーカルものを得意とするベテランの有名エンジニアの方がいらっしゃって、結果的には職人肌の丁寧な仕事をしていただいたと思う。しかし個人的にはややものたりなかった。 やはりロックは、クリアーであったり聴きやすい音像ではなく、インパクトのあるガツンとしたマスタリングだと思うのだ。特に今回の2作品は、元々の音がパンクっていうか、綺麗でバランスのいいものの対局なわけだから。 いろんなマスタリング、およびリマスタリングに立ち会ったが、俺はレベルを振り切ってしまっても、まずは聴感上の迫力を大切にしたいなと思うのである。
2006年12月09日(土) |
「もしも日本にストリートロックというものがあるとするならば、それはフールズのことだよ」 |
俺の生涯の名盤がやっと復刻! フールズのファーストアルバム『WEED WAR』(84年)が遂にCD化される!!!!!!!!! 今までLP、CDともに音質最悪な再発(VIVID盤)はあったが、今回はしっかりとリマスターされる予定で、さらに84年の渋谷屋根裏での60分ほどの未発表ライブCDがついての2枚組という噂。 70年代後半の、SEX、サイズを経て、80年に結成されたフールズは、財団呆人じゃがたら(初期の名称)、自販機系のエロ雑誌関係者、ストリッパー、ヒッピー/フーテンらと活動をともにし、あの時代の東京のアンダーグラウンドならではの混沌とした得体のしれないパワーを爆発させていた。当時、俺は冗談半分ながら「フールズは、村八分とスライ&ファミリーストーンが東京で産み落したような怪獣のようなバンド」「フールズのライブの方がファンカデリックよりもイイ」だとか勝手な話を友人としていたもんである。バンドはもちろん観にくる客もめちゃくちゃだったし、一時、東京のライブハウスはほとんど出入り禁止になって、フールズが出れるハコは渋谷のクロコダイルだけだった時期もあった(店長の西さんは懐が深いからね)。 メディアでは、俺がバイトしていたこともある「月刊シティロード」(ぴあの先駆け、マイナーネタ満載の伝説の情報誌)が唯一の情報源。それでも『WEED WAR』がリリースされた時は「宝島」に小さな記事が載ったが、そこには「メンバー合わせて前科13犯!」と書かれていた(笑) ライブに行くと、ロマンポルノのけっこう有名な女優さんたちが客席で踊りまくっているのも、高校生には嬉しかったにゃあ。ボーカルの耕にはまるでクレイジーキャッツの植木等のような「どんなことでも笑い飛ばせる」ポジティヴなカリスマ性があって、ジャガタラのアケミはそこに強く惹かれていただろうし、カズと佐瀬のリズム隊は後のティアドロップス時代の百倍はタイトでファンキーだった。そしてなんといっても良のギターは攻撃的かつ芸術的な閃光を放っていた。この時代のもうひとりのギタリストはジャガタラのエビーだった。 フールズはロックンロールをリアリティをもって体現していた80年代最高のバンドだったのである。 80年代というと、リアリティのないR&R系のバンドがメジャーでもてはやされていたが、フールズを聴いてしまった耳にはちゃんちゃら子供騙しっていうか、カッコ満点中身0点な感じがしちゃって、とてもじゃないがダサクて聴いてられなかった。当時のメジャーのロックで普通に聴けたのはRCサクセションくらいか。 以前も書いたけど、耕は「俺たちロックをとったらただの乞食だ」とステージで発言(確か82年頃)していた。まあ乞食っていうよりヒモだったのかもしれなかったけど・・・。なんとなくちんたらはじまったと思ったら、あっと言う間にとーんでもないテンションのライブになっているのがフールズだった。とにかく、メンバーの佇まい、無駄なMC、すべてがロックンロールとしか言えない音楽性と存在感。そのかっこよさはなかなか言葉では説明でないなあ。江戸アケミは「ストリート」といった言葉が安易に使われはじめた「ホコ天」とか「イカ天」のバンドブームの頃に、「もしも日本にストリートロックというものがあるとするならば、それはフールズのことだよ」と俺に言った。「そんなことガキの頃からわかってるよ、アケミ」。 無事、何事も無ければ・・・2007年春リリース・・・の予定・・・・。
1/13発売のエンケンの10枚組ボックス『遠藤賢司実況録音大全1968−1976』の曲目がエンケンのオフィシャルHPで発表されて、掲示板もかなり盛り上がってる。 73年、74年あたりのエンケンの過激ぶりは、村八分や頭脳警察の比ではないかもしれない。73年の大晦日に1万人が集まったフェスでエンケンは年越し直前に出演(今でいうカウントダウン)し、最後に「歓喜の歌」を歌うまで、「満足できるかな」を16分以上歌い、体制や政治家に対して怒りまくり、興奮してステージにあがった客をぶっとばし、掲げてあった巨大な日の丸を燃やしたという。CDの音源だけでもそんな様子が伝わってくる。 そして74年になり福島の公演後、突然暗闇で数人の暴漢に襲われ、瀕死の重傷を追ったエンケンは、入院してた病院を抜け出し、松葉杖、包帯だらけで「春一番」に出演。傷口が開いてしまうほどの熱演で、血だらけになっても歌い続けた。これも伝説のライブである。 まだ商品じたいは完成されていないが、中身ばかりか、ブックレットの充実も含め、自分にとってもこれ以上はないってくらいの宝箱。で、ブックレットにはこんな序文を書きました。
「歴史を超越した宇宙の叫び」
膨大な記録テープがエンケンさん宅の押し入れに眠っているという話を聞いたのはもうずいぶん前の事で、そのほんの一部は1990年に『黎明期LIVE!』という1枚の素晴らしいアルバムとして世に出た(『黎明期LIVE!』からは本箱に全曲収録)。それらの音源をまとめて箱シリーズ化できないものだろうか?という話が浮上したのが3年以上前のことである。さすが、デビューから現在まで、一貫して自信と責任を明確に持って活動してきたエンケンさんだ。「過去のライブ演奏や未発表録音を箱にいれて年代順に発売したい」というやや強引なこちらのお願いをやさしく許可してくれた。 曲順は、一部をのぞき時系列に並べてある。元々の録音状態やマスターテープの劣化などの問題もあったが、厳選に厳選を重ね、貴重度や音質本位ではなく純音楽魂本位で選曲させていただいた。DVDはテレビの公開録画とはいえ、まさしく73年のエンケンさんのライブだ。 この『実況録音大全』の登場は、確かに日本のロック史の潮流としても重要な意義を持っている。しかし、我々エンケン・ファンおよび純音楽愛好家たちはそのような聴き方を越えなければならない。エンケンさんを歴史や時代性というような次元で語るレベルでは日本のロックは終わってしまうのだ。歌いたいことを歌い主義主張することが、極めて独創的な芸能として昇華されているエンケンさんの希有な音楽に触れればわかること。選曲作業中、これは時空を超えて永遠に瞬く「宇宙の叫び」なんだと、私は何度も何度も実感したのだ。 まずは第一巻である。今回は、エンケンさんがギターを持って間もない頃の68年から、「ハード・フォーク」を打ち出していた76年までの収録となった。 不滅の純音楽道、大河の如くまだまだ続きます。
2006年11月10日(アルバム『満足できるかな』発売日からちょうど35年) サミー前田
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