2010年09月28日(火) |
雨が降っている。その音が、部屋の中まで響いてくる。私は起き上がり、そっと窓を開ける。雨は隙間なく、降りしきっている。 傘を持ってベランダへ。デージーはまだ頑張って咲いてくれている。そしてラヴェンダーはラヴェンダーで、這うように枝を伸ばしながら、その這うように伸びた枝の要所要所から、また新たな芽を上へ上へ伸ばしている。 弱っているパスカリ。それでも、この雨がよかったのだろうか、少し元気になってきたような。一箇所から紅色の新芽をちょこっと出してくれている。よかった。 桃色の、ぼんぼりのような花を咲かせる樹。静かなこの今朝の雨の中、この樹もしんと静まり返って佇んでいる。細長い形の葉が、あちこちから芽吹いている。 友人から頂いた枝。ようやく紅い花が咲いた。といってもまだ半分くらいか。綻び始めた外側の花びらは、内側の花びらを守るように、ゆっくりゆっくりと開いてきている。一気に開いたらだめだよ、とまるで内側の花びらを諭すかのよう。なんだかちょっとかわいらしい。 横に広がって伸びているパスカリのふたつの蕾。あまりに横に枝が伸びすぎて、そのせいで、蕾はくいっと九十度曲がって天に向かっている。おかしな姿になってしまった。でも、そうやって自分の姿を変えながら、ちゃんと陽射しを浴びて咲こうとしてくれる、その生命力が、嬉しい。 ミミエデン、ふたつの蕾がまだ小さくちょこねんとくっついている。ひとしきり新芽は出し切ったのだろうか。紅色から緑色へ、徐々に徐々に変わろうとするところ。 ベビーロマンティカは、ひとつの蕾が今、ぱつんと張って来た。もう少ししたら、きっとぽっくり咲いてくれるんだろう。今からそれが楽しみだ。 マリリン・モンローは、雨を浴びようとしているのか、雨へ雨へと枝葉を伸ばしている。私が雨の中自転車で走るのが好きなのと同じなんだろうか。なんだかちょっと仲間意識を感じてしまう。 ホワイトクリスマス、ひとつの蕾が綻び始めた。純白、とはちょっと違う、ほんのりほんのりクリーム色がかった白の花弁。まだ固く閉じているが、その花弁はとても艶やかで。雨の中でも美しい。 アメリカンブルーは今朝、ひとつの花も開いていず。ちょっと寂しい。でも、また陽射しが戻れば、きっとたくさん咲いてくれるだろう。私はそれを期待する。 部屋に戻り、ようやく買った生姜茶をポットいっぱいに作る。お湯は少しぬるめにしてみた。昨日窓を開けっぱなしにしていた午後、その間に、蝿が一匹入って来てしまって。だいぶ弱ってきているようだが、それでもまだ私は捕まえられずにいる。ぱしん、と、叩いて落としてしまえば簡単なのだが、なんだかそれができなくて、困っている。 生姜茶をたっぷり入れたマグカップを持って、机に座る。窓の向こうから、雨の滴り落ちる音が響いてくる。目を閉じて耳を澄ましてみる。きれいな音色が、ほろほろと響いているように聴こえる。 昨日は娘は運動会の代休で。私は私で病院の日で。どうしようかと話し合った結果、珍しく一緒に病院に出かけるということになった。帰りに本屋に寄ってもいいよ、と言ったのがよかったらしい。 混み合う電車に乗る。女性専用車両でも、ぎゅうぎゅうづめ状態。娘が私の耳に口をつけて、小さな声で言う。ママはこんな電車にいつも乗ってるの? そうだよ。苦しいよ、早く降りたい。でも、あなたも中学生になったら、もしかしたらこういう電車に乗って学校通わないといけなくなるかもしれないよ。うわー、しんどいー。ははは。 川を渡るところで、指差す。ほら、小さい頃、この川原でいっぱい遊んだの、覚えてない? 全然覚えて…あ、ちょっと覚えてる! 鳩もいっぱい来るよね、この川。うん。あなた、鳩を追いかけ回してたよ。覚えてる覚えてる! 今日は水が多いなぁ。そうなの? うん、やっぱり雨のせいだね。そうなんだ。 ようやっとH駅に辿り着いて私たちは飛び出すようにして電車から降りる。ふたりとも、たったこれだけの距離でくたくたになっていた。 とりあえずちょっと休もうということで、喫茶店に入る。病院が開くまでの僅かな時間、そこで時間を潰すことにする。 娘は、何やら本を開き出した。それ、何の本? この前買ってもらったトットちゃんだよ。あぁ、あれか。懐かしいなぁ。トットちゃんの続編は、ばぁばが買ってくれたから、それも読むんだ。うんうん、読みたい本はどんどん読むといいよ。ママは今何読んでるの。久しぶりにクリシュナムルティっていう人の本読んでる。うげー、字が小さい! ははは、そうだね、あなたの本に比べると、字がずっと小さいね。挿絵もないしね。私、挿絵を楽しみにしてるんだよなぁ。うんうん、あなたの年頃、ママもそうだった。挿絵のついてる本、よく眺めて過ごした。そうなの? でも、ママの子供の頃の本って、挿絵ほとんどついてないよ。だからだよ、たまーに挿絵のついてる本なんか読んだりすると、もう何回も頁捲って、眺めて過ごしたものだよ。へぇ、なんかちょっと変。ははは。 そうして病院の始まる時間になり。私たちは受付を済ませ、隅っこに座る。診察を終えて出てくると、今度は薬屋へ。いつもより長いこと待たされて、ようやく薬が出てくる。それらが終わった頃には、娘はちょっと飽きてきた頃で。「ママ、病院にこんなに時間かかるの?」「うん、そうだよ」「なんか疲れたよー」「ははは、早すぎるよ、疲れるのが」「早く本屋に行こうよ!」「はいはい」。 普段行かない本屋さんに行く。娘はもう夢中になって、ひとりであちこちの棚を回り、小さな嬌声を上げている。あぁここにも、こっちにも、欲しい本がある! どうしよう、どっち選ぼう。娘の独り言が響いてくる。私は苦笑しながら、本棚を順繰り回る。 あまりに迷っている娘に、Y駅に戻ったら、そこでも本屋に寄ってもいいよ、と耳打ちする。ばっちり笑顔が返ってくる。 結局三冊の、恋愛小説を買った娘。娘の年頃、私は恋愛小説というのは殆ど読まなかったなぁと思い出す。娘の好みと私の好みは、かなり違うから、これもまた面白い。 電車に乗り、Y駅へ戻る。各駅停車でゆっくり。これなら座れる。ふたりとも、席に座って、それぞれに本を開いて読んでいる。あっという間に時間が過ぎ、Y駅に。 二件目の本屋で、彼女は、大きな単行本を選んで買った。タイトルは忘れたが、全部で四巻あるらしい。「二巻まではもう持ってるから、三巻と四巻がほしいの。いい?」「いいよ、これは運動会頑張ったっていうご褒美ってことね」「やったー!」。 外は雨。しとしと雨。私たちは、家に帰って、布団に寝転がり、思い思いに本を開く。娘はもちろんミルクを片手に、本を読んでいる。
今朝起きて気づいたのだが。体がだるい。だるいというか、ちょっと痛い。これは、やっぱり、運動会でハッスルしすぎたせいなんだろうか。私は首を傾げる。そこまで無理なことはしたつもりはないのだが。やっぱりこれは、年齢というものか。そう思ったらがっくりくる。 体がだるい、痛いからといって、休んでいるわけにもいかない。私は娘に手を振って、家を出る。 ちょうどやってきたバスに乗り、申し訳ないと思いながらも、空いていた優先席に座らせてもらう。そうして駅へ。 川を渡るところで立ち止まる。濃紺と緑色を混ぜたような、そんな色合いの川の水が、どうどうと勢いよく流れている。天気予報では、夕方まで今日は雨が降ると言っていたっけ。 滑って転ばないように気をつけながら、タイルの道を歩いてゆく。ここ数日で、本当にいろんなことがあった。いやなことも、嬉しいことも、ごちゃまぜに。 でも。 引きずっても仕方がない。過ぎたことは過ぎたこと。きれいさっぱりこの雨に流してしまえばいい。 歩道橋の真ん中でふと立ち止まる。鼠色の雲は何処までも続いており。隙間なく続いており。風車はとてもじゃないが欠片さえ見えない。 でも、あそこに間違いなく風車は在って。今も佇んでいるはず。 ふと思う。共感する想像力の大切さ。それを失ったらいけないよな、と。 さぁ、一日が始まる。しかと歩いていかねば。 |
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