浅間日記

2011年08月22日(月)

物置の隅からそれを見つけ出し、
パンパンと埃を払って、表面を拭取ると、
色褪せた表紙に「浅間日記」の文字が浮かび上がった。

どうもそんな感じになっている。やや大げさか。
いずれにしても、既にここは「日記」の体をなさなくなっている。

それなりに日常はまわり、HもAも小さいYも
変わらない夏の日々を送った。私だってそうだ。

その断片をここに書き留めないのは、
そうする自分の姿を、今はあまり好きになれないからなのだろう、きっと。



まあ、私は確かにこうした日常を綴っていた、と確認し、
再び、物置の隅にしまい込んで扉を閉める。

時々思い出して更新するにせよ、
今はこの、薄暗い場所に置いておきたいのだ。

2005年08月22日(月) 無名で何が悪い
2004年08月22日(日) fado for climber



2011年08月05日(金) 上り詰めたジェットコースター

お堀端で仕事。
一昨日までは、湾岸で仕事。

昨日も一昨日もずっと、関東地方では細かい揺れが続いている。
身体にわずかに感じる程度だから、気のせいではないかと一瞬思い、
その度に、携帯電話を使ってHi-net高感度地震観測網の観測情報を見る。
やはり、揺れている。

マグニチュード2.5以上の揺れは、今月に入って既に17回起きている。
震源地は、あちこちだ。





活動期に入った日本列島の地殻変動は、継続している。

地震予知の技術は、まだ確立されていない。

そうだから、私たちは野生動物のように五感を研ぎ澄まして、
その気配に注意しなければいけない。

「備え」と「覚悟」は、ちょっと違う。
世でいう「備えをすれば安心」というのは、そうではないと思う。
覚悟を決めなければ、恐怖という亡霊は追っかけてくる。


タンスの転倒防止を細工したり水やラジオを揃えるのはもちろん大事だ。
でも、絶対に、自然の理として「それは来る」という受け入れ態勢をもって
過ごしていくことが、少なくとも1年ぐらいは必要なんじゃないかと思う。



いつ雪崩れてもおかしくない、春先の緩んだ雪山の斜面。
滑り落ちる直前の、てっぺんに上り詰めたジェットコースター。
さんざん削り取られた「棒倒し」の砂山。

居合わせた時代は、きっと、そんなようなものなのだ。


2007年08月05日(日) 
2006年08月05日(土) 熱中今昔
2005年08月05日(金) 生き残った者
2004年08月05日(木) 合体ロボットの歴史



2011年08月02日(火) ベクレル米

米の放射能汚染検査、のニュース。

田んぼの土質というのは、重金属を吸着しやすい。イネ科植物はこれに相俟って吸着されやすい。
だから、「農用地の土壌の汚染防止等に関する法律」というのがあって、
特に田んぼや米については、基準値が定められている。

けれども、ここでもまた、他の環境関連法規制と同じく、
放射性物質は適用除外されている。




テレビで千葉県の稲作農家の人が取材に応じている。
自分の田は安全だから、早くそれを証明して、遅滞なく出荷したいと言っている。

その背後には、とにかく早く金に換えて手放したい、
という不安な心理が見え隠れしないでもない。




畜産物や農作物から放射性物質が検出された、ということは、逆に言えば、
放出された放射性物質を吸着し、土壌の浄化に寄与した、ということでもある。

農家の人には大変お気の毒であるが、食物にすることはできない。
でも汚染の改善として人の役には立つ、とお慰め申し上げたい。

そうだから、牛でも稲でもその他の農産物でも、キロ当たりの放射性物質の量に応じて、「吸着対価」を支払って買い取るのが、よいのではないかと思う。

そして捕獲した放射性物資は、確実に集約して、
他の用途で拡散することのないように管理されるべきだ。
できれば、熨斗をつけて東京電力にお返ししたい。

二次的な拡散を防ぐためには、放射能汚染物質に市場価値をつけるべきだ。
何億円も支払った、アレバ社の浄化システムよりも確実かもしれない。

2007年08月02日(木) 放棄された夏
2006年08月02日(水) 予行練習
2004年08月02日(月) 休業脳


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