見てしまった。
ものすごい芝居の夢。 今回の「ピルグリム」の本番中、お客さんは入らない。 何故か、本番やってる舞台で道具の搬出搬入をやってる。 芝居は台詞の間違いや段取りのミスが多発。 受付では、お客さんが入場料も払わず出入り自由。 スタッフは無駄口ばかりたたいている。 カーテンコールはお客さんゼロ。 それを見ている演出のオイラは、本番終了後全員に蹴りを入れる始末。
本当に久々に見た芝居の悪夢。 でも、ある意味ここまで悲惨だったらそれはそれで気持ちいいかも、と言うような酷さ。
これでやっと安心して芝居に望める。 酷い芝居の夢を見ると、その時の本番は安定するのだ。 反対に見てないと、なにがしかの大きな落とし穴がその時の本番で発生する。 何故かそうなのだ。
不思議なジンクスみたいなものだ。
最近いろいろと忙しい所為かなかなか芝居のチケットが売れない。 要は手売りをしている時間がない。 手売りをしないと新しいお客さんに巡り会うチャンスが狭まる。 まだまだうちはそんなレベルの劇団だ。 劇団の名前でお客さんが足を運んでくれる、そんな劇団にはなれないかなあ〜。 なれんなぁ〜。 なりたいなあ〜。
そう言えば最近芝居は皿洗いと同じだと思う。 磨けば綺麗になるけど、磨いて満足してそのままにしておくと汚れて来る。 そしてまた、皿洗いをして磨かなければいけない。 そんな繰り返しだ。
2003年02月26日(水) |
ジグソーパズル未完成&稽古! |
今週末のソフトバレーボール大会のジグソーパズル(組み合わせ)の素案を考えるのに神経を使うこういう日に限って、横やりがはいってしまう。 グラウンド予約の関係で二つの同じ協会の団体の関係者が衝突。 おかげで夕方から仕事にならず。 しかし、ある程度年いった人たちもトラブルの原因は同じだ。 お互いのコミュニケーション不足。 もちっとお互い話し合って分かりあえよな、と思う。 くそぉ、ジグソーパズルは明日から組直しだ。
ちなみに今日は地元中学校で嫁さんが看護師として職業講演会。 中学生の反応がイマイチで、あまり芳しくなかった様子。 うーむ、でも取りあえず御苦労さん。
稽古は先日の通し稽古の弱点の修正をおこなった。 まあまあ、何とかなりそうな状態になった。 でも、気は抜けない。 本番まで後2週間!
人にはいろんなタイプがある。 その人の人格が優れているかどうかと言う問題とは関係なく、その人と一緒にいるとプラスになるかマイナスになるか、そういうタイプが存在する。 ある人と一緒にいると、その人との行動や苦労が勇気になる場合と、反対に行動や苦労が徒労に終わる場合だ。 このタイプ分けの残酷なところは、何処まで言ってもその評価は本人の努力とは無関係に受け止める側がどう思うかだけの問題だと言うことだ。 後者の場合悲惨なのは、努力して距離を縮めようとすればする程反対に距離が遠ざかってしまう。 お互いの適正な距離感が保てなくなってしまう。 最近結婚してあっという間に離婚する人たちが多いのは、この関係に気付かずに一緒になってしまった場合だろうと思う。 世界中みんな前者だったらいろんな争い事がなくなって幸せに慣れると思うのに。 だけど、そうじゃないから面白いし試行錯誤もして人間は成長して行くんだと思う。
というよりも音響打ち合わせ。 平日の稽古は相変わらず役者が少ない。 ついでに言うと昨日の稽古で始めて一日2回通し稽古を行なったので、みんな疲れている。 取りあえずいつも稽古する部屋では役者同士の打ち合わせをしてもらい、オイラと音響さんは別の場所で打ち合わせを行なった。
そういえば、昨日見学に来たほかの劇団の代表の人が、この時期にここまで出来ていて云々という話をしていた。 その話にこの状況を見て言うことも分かるし、同時にその劇団がどんな芝居づくりをしているかも理解出来た。 でも、この稽古を見てそんな感想を述べてるようじゃあダメだよと思うのだ。 そんなだからこの地方の芝居のレベルは上がっていかないんだと思う。 人のところの感想は自分のところのレベルはさて置き、まずは見たい芝居かどうかを基準に判断して行かないと、自分のところのレベルも上がっていかないと思う。
今回の通し稽古では、ちょっといろいろと考えさせられた。 今まで気にしてきた部分は大分よくなってきている。
でも、見ていて何かが足りない。 足りないものを探さなければいけない。 技術的なことではない。 かといって、バリバリの精神論でもない。
うーむ、なにがたりないんだろうなあ・・・ なんかこう、一つの目標に向かって走って行こうという意志が見えないのかなあ。 物語の気持ちの落ち込みとジャンプが足りないんだろうなあ。
後少しだけど、ちょっとその辺を作って行こうかなと思う。
遂に追い込み時期。 この時期の稽古は何がなんでも結果を出していけるようにしていかなくてはいけない。 そういう意味で今日はいい稽古が出来たと思う。 この感覚を忘れず明日につなげて行きたいと思う。
最近身体のこと思って風呂上がりに柔軟をするようになった。 やり始めてからすこぶる体調が良かったので、昨日もっと一生懸命やってみた。 そしたら・・・・げ! 今朝起きてから、もみ返しのように筋肉がバンバンに張ってしまった。 とくに肩のあたりが張りまくって、いわゆる肩こり状態。 何となく肩に見えない荷物をしょってる状態。 何事もやり過ぎ注意という警告のような今日一日の生活。
しかし、仕事をしていてもテレビを見ていても、なんだか頭の中で芝居のことを考えている。 まあ、そういう時期に来てるから仕方がないけど、考えてるときにアイディアは出てこない。 他事に集中している瞬間に、ふとフラッシュバックのようにアイディアが出てくることが多い。 考えているときはきっと考えている自分を考えているのだなあと、ちょっと思うのだった。 何事も没頭することが大事なのだ。
あれ? 何か矛盾している・・・・
2003年02月20日(木) |
シアターウイークエンド稽古見学 |
昨日、いつもお世話になっているシアターウイークエンドに次回公演のPRをすると共に稽古を拝見した。
ここの稽古場でいつも思うことだが、誰が劇団員で誰がそうでないかよく分からない。 客演の方が見えるとオイラくらいの年齢の人はみんな劇団員に見えるようだ。 なので、粗相のないようにしないといけないと思った。 この日ラッキーなことに生涯学習の神様みたいな存在の名大教授堀内守先生にお会いできた。 と言ってもほんとお顔を拝見しただけだったけど、なんだか嬉しかった。
稽古は3月の第2週に日進市で行われる医療関係のシンポジウムの題材として行われる芝居の稽古だ。 身内に医療関係者がいるので、ちょっと複雑な思いで見ていた。 その感想はネタバレになるので書かないとして・・・稽古を見て思ったのは、上手い役者さんにカテゴリの線引きはないと言うことだ。 どういうことかといえば、上手い役者さんと言うのは自分が今どんな感情をどう言う技術を持って表現しているかと言うことを自覚しながら演じていると言うことだ。 台詞の話し方一つとっても、自分の気持ちを大事に話す時は腹の底を響かせながら(人によってはもう少し上だけど)台詞を喋るし、日常会話では首から上を響かせながら台詞を話す。 そして目線の使い方や、動きや、いろんなことを駆使して分かりやすく伝わるように、しかも自意識を簡単に捨てながら芝居をしている。 これには恐れ入った。 こんなふうに芝居ができる人ってまわりにそうそういないよなあ。 でも、それがシアターウイークエンドの劇団員じゃないことが残念だった。 うちの劇団でもほんの一握りの役者だけだし。
そしてミザンス(立ち位置)の取り方も綺麗だし。 ほんといろいろ勉強になった。
そして、今オイラ達がやってる芝居との相違点も改めてハッキリと分かった。 でもそれは、ただ表現方法の違いだけであって、本質的なところはあまり変わらないというふうに思った。
韓国でおこった地下鉄火災事故。 犯人の同期を聞いて驚愕した。
「自殺を一人でするのがさみしかった」
おいおい、それってとんでもないことだよ。 他人を巻き添えにすることが云々以前の問題で、これって自爆テロより質が悪いと思う。 それも並みの悪さじゃないよ。
何処かで、日々テロの恐怖と隣り合わせのこの日常に、テロとは全く関係ない恐怖まで抱え込んで生活しなければいけないのかい!
結果、犯人が生き残ってしまったせいで、余計日常に対する不安が高まってしまった。
もしも犯人が焼死体になってしまっていれば、韓国の事情だから犯行の動機は行き着くところに行き着くしかないわけで、そっちの方がある意味日常を「まだ」平穏に暮らして行けると思うのだが・・・・
・・・でも、どっちもどっちか。
今回のピルグリムは、上演許可を得る段階で「如何様にも変更していただいても構いません」と言われている。 てなわけで、そのお言葉に思いっきり甘えて、演出上必要な部分や今の時代の単語に直したりすることなど、適度な変更を台本に加えてきた。 そして今回が第三弾の変更だ。 これで最後となる。 基本的にお話が分かりやすくなる方向へシフトした台詞を追加したり削ったり。 そんな感じだ。 なので、お話の芯をとって行く役者の台詞の変更が多い。 でもこれで、役者自身の気持ちの流れもよくなって行くと思う。 きっとそうなる。 そう信じるオイラだった。
やはり平日になるとなかなか人が集まらない。 仕方がないこととはいえ、ちょっとテンションが落ちてしまう。
そんななか来てくれた人たちと呼吸についての基礎練を行なった。 出来てる人と出来てない人の性結構大きいこともわかった。
そう言えば最近演出をしながら「こう見せたい」から「こう見たい」にシフトしている自分がいることに気がついた。
2003年02月16日(日) |
東部演劇サークルエチュード「注文の多い結婚」 |
うちの劇団員がお手伝い?所属?している小牧市の演劇サークルエチュードの公演を見に行く。
主役はうちの劇団員だった。 そして演出と照明も劇団員だった。
見終わった後、そうなんだよなあ、と妙に納得しているオイラがいた。 その集団に見あった芝居の作り方っていうのが存在していて、そこを見積もり誤りすると見ていられなくなる公演になるんだけど、ここはそういう意味では等身大の芝居をきっちり見せて行こう(行くしかない)と言う姿勢が見えた。
構成員はおじちゃんおばちゃんが中心で、ほぼ全員が芝居初心者。 そして結婚を題材にした脚本。 日常生活で子どもを持っているであろうお父さんお母さんがそのままの役で舞台に立つと言うことは、役作りが既に台本を選んだ段階から出来ている。 だから演劇公演と言うよりは生活発表会のような感じの公演が成功への近道になる。
芝居の暴投の、いや、冒頭のダンスシーンの違和感を除けば、芝居が始まった瞬間舞台にちゃんと家庭の空間が存在している。 そこで行なわれる会話は上手いか下手かが問題ではなく既に人間関係がとれているのでちゃんと成立している。
ゴージャスな生活発表会を見た気分だった。
そして公演を見た後1週間ぶりの通し稽古だ。 まだまだ荒削りな芝居だけど、気持ちが前面に出て来る片鱗が見えてきた。 先週は気持ちがプロセのなかにおさまってしまって客席まで届かない感じだったが、今回はそこを突き破ろうと言う意識がちゃんと見えて、そして気持ちが届いてきた。 この舞台特有のプロセの天上が低いやりにくさを克服しつつある。 気持ちを出させるのは演出の仕事だが気持ちを出すのは役者の仕事だ。 ちゃんと気持ちが出せた上で、場面場面への向きあい方をこれから詰めて行こうと思う。
本番まで4週間。 いよいよ緊張感が高まってくる段階にやってきた。
舞台転換のテクニカルな部分での実験をした。 とてもよく出来ていたので感心したし、目に見える状態がイメージしていたそれと一緒だったのでとても満足した。 ただ、その装置が動くことである程度の音を覚悟しなくてはいけないと言う部分で、演出的に修正して行かなくてはいけない部分を修正していった。
稽古の方は場面場面の交通整理や気持ちの出し方なんかをやっていった。 土曜日の夜と言うこともあって役者が全員そろった。 人数がそろうと稽古の進み具合も格段に良くなっていく。 一人、稽古場には来たけど体調不良で舞台にたたなかった事実がとても残念だけど・・・
弥生の小学校入学へのカウントダウンが始まっている。 今日は入学説明会だった。 会合そのものへは嫁さんが行ってきた分けだが、結構いろいろとやることがありそうだ。 PTAや子ども会や入学して暫くの登下校の送り迎えやら。
今日も夜な夜な「さんすうセット」に名前シールはリ。 これがまた結構細かい。 昔懐かしおはじきの花びらの一つ一つに名前シールをはって行く作業は、昔プラモデルの細かい部分を作って行く時にやったような作業だ。 細かい−ー−ー!!
でも、親としては何だかそんな作業の一つ一つが嬉しかったりもするのだった。
2003年02月13日(木) |
トップページもついに10000ヒット!!&確定申告提出・・・ |
気がついたらトップページも10000ヒット! いやあ、びっくり。 劇団Beansの延べ観客動員数をはるかに凌ぐ数字になってしまった。 こんなに訪れていただき感謝感謝です。
そういえば、先日作った確定申告の書類を税務課の担当者にもっていった。 某かの還付があるので、「税金返せよ」と心でいいながら(おいおい、自分の給料も税金だろが!)もっていった。 結構自信満々で持っていったのだが、結果は「ダメ」の一言。 よくよく見ると医療費控除の書類で、「14年1月10日」の領収書の領収印の日付けが「13年1月10日」になっていた。 おいおい、よくそんなのまでチェックしたよなあ。 恐るべし公務員!(←自分もだろ!) てなわけで、領収印を病院で押し直してもらう方法しかないと言われた。 でもなあ・・・ ちなみにその領収書は1000円程度の領収書。 家に帰って問題の領収書を省いて再計算したら、還付額が80円減った。 領収印を押し直してもらい80円余分に返してもらうためにわざわざ病院にガソリンと時間使って行くのも馬鹿馬鹿しく思えたのでこの領収書は使わずに申告することにした。
あ、念のために言っておきますが、「ダメ」と一言で一刀両断したのはオイラと同じ職場の同期の職員だからで、決してお客さんにたいしてこんなことは言わないですよ。
家族4人で岡崎にあるわんわん動物園に行く。
入り口に「本日東海テレビ取材、バウバウ松村さん来演」とあった。 そしてその取材用に普段は土日祝祭日しか行なわないパフォーマンス「わんわん桃太郎 鬼軍団の逆襲 エピソード2」が特別に上演されることになっていた。 平日休みのオイラにとっては、たまのラッキーだ。 ちなみにストーリーは以下のとおり 「エピソード1でわんわん桃太郎に完全に負た鬼軍団は鬼ヶ島で強化訓練を始めた・・・・そして平和に暮らしていたわんわん仲間を再度クローン鬼が襲いかかり・・・・」 だそうな。 まあ、この具体的な内容については想像にお任せするとして、オイラが見た印象で言えば、想像していたよりも馬鹿馬鹿しくて面白かったし、犬の能力に驚いた。 人数の少ない客席でじっくり見ることが出来てラッキーだった。
そう言えば、最近弥生と秀次が犬を飼いたがっている。 うちの家族は基本的にペット嫌いなのだが、子供達のことを思うと飼ってもイイかな、と、ほんのチョっと思うようになった。
そして犬達と感動の擬似的な対面なわけだが、やっぱりなぁ、と言った感じだ。 ここには大人になった犬達が多い所為か、恐くて近付けない。 犬を飼うに至るには、子どもの犬が何処かにいて、子どもたちがもう少し成長するまで待った後なのかな、と思う。
園内では、東海テレビの取材が始まっていた。 人だかりの輪の中で家族連れはオイラ達だけだったせいか、みんなで行なうタイトルコールの度に、カメラがこっちの方ばかり向いていた。 深夜の「やっぱイチバン東海テレビ」の中で来週当りに放送されるらしいが、放送日時は今のところ未定だそうだ。 偶然オイラの顔や弥生や秀次や嫁さんの顔に遭遇するかも知れませぬ。 もし見たら教えて下さいな。
そう言えば、松村さんはサービス精神旺盛だった。 どんな場面でも自分が芸人だと言うことを自己主張し続けていた。 またこれが面白くないことに笑えてしまうのも面白いのだった。
午前中は祖父の23回忌だった。 ここまでくると、悲しいとか寂しいとかではなく殆ど親戚の同窓会状態。 孫のオイラ達は殆ど部外者状態だった。 そう言えば、よくよく考えてみると祖父がなくなった年齢を越えている子どももいる。 何だか不思議な光景だ。
午後からは先週の週末と同じく公演場所での稽古だ。 当初は通し稽古を行なう予定だったが、祝日とは言え民間企業は営業しているところが多く、欠席者がでたため抜き稽古とした。 おかげで、久々に代役として公演場所の舞台に立つ機会を得た。 割と飛んだり跳ねたりするアクティブな役をやったわけだけど、場面が終わった後には息が切れてしまった・・・とほほ。 周りの役者はケロっとしている。 うーむ、これは本格的に身体を鍛えねば役者の道はないなあ・・・・って、今回はオイラは演出じゃっうの!
これで、稽古は正味1ヶ月を切った。 追い込みの時期に入る。 これからは見てくれを綺麗にして行くと共に、本番に向けて精神的に鍛えて行く作業をして行く。
相変わらず平日の稽古は寂しい限り。
そんな中、ある意味最も緊張する稽古をやった。 芝居のある場面を始めて、噛んだら最初からやり直しと言うものだ。 稽古場に異様な緊張が走った。 ここんとこなかった緊張感だ。
でも、そうやっていくことで、噛まないためには何が必要かと言うことを役者が会得していけると思いやった稽古だった。 またこれも他の役者陣でやってみたいものだ。 かなり精神的にもスキル的にも鍛えられて行くと思う。
年始以来久々の通し稽古となった。 またこの日久々に役者が全員揃った。 なんとも情けない話だが・・・・
この通し稽古の結果だけ見れば、1ヶ月後に何とか舞台に上げていいところまでにはなりそうだなと言う感じになった。 でも、それは安心出来るレベルではなく、ちょっと気を抜いたりさぼたりすると、あっと言う間にヤバいところまで転落してしまう危険と隣り合わせだ。 もちろんオイラ自身が目標とするところを高いところに持って行っているので、オイラがヤバいと思っていてもお客さん的には気にならない公演になるかも知れないけど、問題は今回の公演でかかげた目標をクリアしないと次には進めないと言うことだ。
後一月しかないけど、頑張ってよりいいものにして行きたい。
2003年02月08日(土) |
ジュニアスポーツ教室田舎編 |
今回のジュニアスポーツ教室はいつもの持ち場とは違って、オイラの家から一番近い小学校の担当になった。 つまりはその、弥生が4月からいく小学校の教室だ。 半分偵察みたいな感じ。
今まで担当していた小学校は扶桑町の中でも割と都会のにおいがする地区にある小学校だ。 核家族が多くその所為かどうか分からないが人と積極的に関わりを持とうとする子どもが非常に少ない。 大人への甘え方も近所のおじさんおばさんに接するというよりは、親に接してるように愛情を請う子が多い。 また、落ち着きのないいわゆる多動児も多い。教室全体が非常に落ち着きがない感じがする。
そして今回の小学校は、扶桑町の中でも田舎の匂いがぷんぷんするところ。 わりと三世代同居の多い地域だ。 子どもたちを見ていると、他の地区に比べて明らかに違うことは他人と非常に関わりを持とうとする子が多い。 そういえば昔こんなやついたよなあという子も多い。 バレーボールの勝敗に命を懸けるガキ大将みたいな男の子。 スポーツ万能で周りから一目置かれている子。 自らのプライドにかけて失敗したことを取替えそうと、休憩時間も黙々と練習をする子。何をやってもダメで回りからコケにされてる子。 その行動すべてに悪意のかけらもない。 だから行動そのものが純粋で、そして残酷だ。
なんだか、自分の子ども時代を思い出しながらの教室になった。 弥生が行く小学校がこんな子どもたちのいる学校で良かったと思った。
医療費控除その他で確定申告が必要になり、今年から始まった申告書作成ホームページで申告書を作ってみた。 これがなかなか分かりやすい。 ちなみに必要とされているOSにMacOSの記述がなかったけど、ちゃんと出来た。 ブラウザがしっかり動いてアクロバットリーダーがあれば充分なのだ。 そして計算の結果意外と戻って来ることが判明した。 やってみるもんだなあ、確定申告。
そういえば今日はキャラメルボックス名古屋公演のチケット抽選日だった。 大人気かと思ったら意外や意外、ものすごい席がとれてしまった。 今朝聞いた有力な筋からの情報では各公演10席程度しか割り振られていないと言うことだったのだが・・・ 以前第三舞台で散々な目に会ったのが嘘のような結果だった。 いやあ、よかったよかった。
最近平日の稽古は本当に人が集まらない。 社会人劇団故の宿命なのだが、この状況は甘んじて受け入れるしかない。 今日は場面も成立しないくらい少なかったので、劇団として本当に久しぶりに全部他人の役で稽古をした・・・ん〜遊んだのかな。
もちろんオイラも役者として参加。 本当にひさしぶりに演出席ではない場所で稽古に参加した。 6年ぶりに(今回の芝居は再演)同じ役もやってみた。 う〜む、役者としての勘が相当鈍っている。 情けないくらいだ。 でも、声出して感情むき出しにすることがこんなに気持ちがいいことかと、久しぶりに実感した。 他の役者連中も責任のない役を自由気侭にやっているせいか、とても楽しそうだ。
でも、この稽古は全く無駄にはならないのだ。 簡単な話、自分の役を人がやっているのを見て、自分との距離を諮ることで、いま自分がやっている芝居が何処まで出来ていて何が足りないのかを認識出来る瞬間でもある。
今度は時間が許せばしっかり人が集まった時にやってみようと思う。
昨日、よる遅く劇団員の一人がお酒を持ってやってきた。 いろいろ話をして、終わったのが4時過ぎ。
てなわけで、今日は仕事を休んでしまった。
とほほ・・・
反省。
弥生の2003年空手シリーズスタート。 氷点下になろうとしている体育館で元気に動き回っている。 オイラは厚着でもぶるぶる震えてしまう。 さすが、子どもは風の子だ。 本人は楽しんで空手をやっているが、まだ格闘技をしていると言う意識はない。 身体を動かすこと自体に興味があるような感じだ。 小学生になっても続けて行って欲しいものだ。
「コロンビア」が爆発した。 さすがに20年以上も地球と宇宙を行ったり来たりしていれば、それなりに老朽化も進むだろう。 設計は60年代のものだし、耐用年数を超えてしまったのかなと思う。 まずは、合掌。
稽古は30代のメンバー中心の稽古となった。 年寄軍団の稽古場の所為か普段よりも落ち着いた雰囲気の稽古場となった。 見学者も一人やってきた。
稽古後、DVD「少林サッカー」を見る。 こりゃたまらん面白い。 馬鹿馬鹿しさは一級品だ。 キャプテン翼とドラゴンボールを合体させたような映像。 予想されたことがそのとおりに進んで行くと返って気持ちいい分けだが、まさにそんなストーリー。 見終わってスカッとする映画だった。
昨日に引き続き同じシーンの稽古。
また今日も芝居を見ながら手を加えていった。 ボチボチとよくなってきた。 でもまだまだ作り混んで行かなくてはいけない。
後一ヶ月戦いは続く。
例によって一人の役者に焦点を当てるシリーズの稽古だ。
芝居の後半のとても重要なシーンの稽古。 このシーンをやるのは久々だった。 久々だったせいもあり、それまで予定をしていた段取りからいろいろな部分を手を加え変更していった。 だんだん芝居の輪郭と中身が見えて来るようになった。
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