「サハラ砂漠には、世界を救済できる40の砂の粒が埋もれているらしいよ」 「そんなもの探す人いないだろ。たとえ国連総長だってローマ法王だって」
「工場見学に行ってきたんだ」 「へぇ、おもしろそうなことやってんじゃん。何の工場?」 「いや、それがよくわからんのだ……」 「見てきたなら何を造っているかかわかりそうなもんだけどな」 「案外そうでもないんだよ。完成品を知ったうえで造る過程を見たらよくわかるんだろうけどな。造る過程だけ見せられると、いったい何のことやらわからんのさ」
「ねぇ、私たちはどうして会話なんかするんだろう」 「きっと、残すためだよ」 「残す?何か話すたびにケンカになっちゃう私たちが何を残すっていうの?」 「つまり、情報をさ。情報には先天的なものと後天的なものがある。会話は後者。そして、情報を残すのは僕らの使命ともいえる。だから僕は君に話しかけるんだ」
「冬は寒くて、朝は布団から頭も出してたくないんだよ」 「あー、わかる。おれもそうだもん」 「でも、布団の中で何を想像してるかっていうと、バイクに乗って冷たい風に頬がきりりとなる感覚のことなんだよな。あれを今日味わおうって思ってる」
「あ、ねぇ」 「お前は誰だ?」 「いや、それはこっちのセリフだよ。お前、このアパートの住人じゃないだろ」 「いかにもそうだが、それがどうした。ここには私の友人がいる」 「『いかにも』って……。じゃまなんだよ、毎晩毎晩こんだけ大量の自転車」 「なにを言ってるんだ。私が乗ってきたのは一台だけだ」 「えらそうに。ほかのもお前の仲間のやつだろう?」 「いかにも」 「……。とにかくこんなに止められたら通りづらくてたまらん。片付けろ」 「ふん、愚民が……」 「愚民?何言ってんだよ。頭おかしいのか、お前」 「お前みたいなくだらない人間に、私たちの使命の崇高さがわかるはずもない」 「……おまえら、こんな狭いアパートに十何人も集まって何やってんだよ」 「会議だよ。意義深すぎるほど意義深い会議だ。私たちは『最も尊い言葉を創る委員会』のメンバーなのだよ」
「はぁ……お前、今でいくつ?」 「おれぁこれで819個め。そっちは?」 「早いなぁ。おれはもう少しで700」 「参ったね。お互いまだまだだよ」 「この数、気が遠くなる」 「あれ、インクがもうないな……。汲みに行かなきゃ」 「あー、ごめん。おれのもお願い」 「なんだよー。おれが立つの待ってたのかい?で、次は何色?黄色?緑?」 「どれでもいいよ。どれでも」 「まあな。孵化してしちえば何色だって関係ないし」 「おれは食べるのさえ嫌になったよ、卵」 「ああ、おれもさ。毎日ピンクや紫色した卵見てたらそうなるよな」 「ほんとさ。……なぁ、さっきから気になってたんだが、変なにおいしないか」 「腐ってるんだよ、卵。たまにそういうのがまじってるのさ」 「うええ。おれはもう絶対に卵なんて食べない。食べれないよ」 「腐った卵にきれいに色塗ったりして、おれたちは何やってんだろうなぁ……」
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