カゼノトオリミチ
もくじ|過去|未来
お裁縫が苦手で かんしゃくおこして
おこられて また投げ出して
涙目で 手に汗かいて 糸をほどく
縁側にもう 夏の夕焼けが 届いてた
ほら こうやって
嫌がらずに やりなさい と
糸切りバサミで ちょん ちょん と
せっかくの小さなミシン目を 切ってゆく母を
うらめしくながめた
時ばかりがすぎ
なにも残らない はずだったけど
「まちがったらあきらめずに やりなおしなさい」
と 半分おろした メガネのむこうから
母の 声がした
雨の音のする午後 雨の色の 糸をたぐる
キライだった 針と糸
切れそうになりながらも
ほそぼそと
母から 子へと 伝わるもの
お裁縫の ルール とか
暮らしの中から にじみ出るもの
ツタのからまり
バラの とげとげの からまりを
トレリスごと ふりはらいたい衝動
手が 届かないよ
ぽたぽた たれる 水滴は
くだらない 胸の重さ
だれが蛇口を 閉めてくれるの?
温かな手が まっしろな空から 伸びてきて
たちすくむ肩に 触れる
こぼれるのは あたたかな 涙なのか
降り出した 雨なのか
背負ったものの重さ 比べあっても仕方ないね
湿った風が
アジサイの暗がりを 揺らす
見えない影は するり 流れゆく
雨のゆうぐれ
とても気丈な人でした。
痛いともいやだとも、つらい治療も
なにひとつ、ぐちったことはなかった。
じっと黙って
すべてを 受け入れていた人が、あの日。
玄関には、迎えの男性が ふたり。
今度、病院へ入ったら もう帰ってこれない、と
わかっていたのですね。
最後の最後に、
「ここにいさせてくれ」 って ひと言。
私は 何も答えられなかった。
ごめんね。ごめんね。
私があの世へ行ったら イチバンに
あなたに謝らなくてはならない。
でもきっと、
まだまだ来るな、と声がする。
だからこっちで、ナンとか ガンバルから。
そして、いつか会えたら、 謝るよ。
それまで 待っててね。
こんな気持ちを ここに書き連ねる 私を
どうか 見守っていて。
natu
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