伝えたい愛 - 2002年12月29日(日) Dr. チェンからメールが来る。 「Anzenchitai」って名前のついたファイルがアタッチされてたけど、重たくて開かない。 「開かないよ」って電話したら、アンゼンチタイの新しいアルバムの曲だって言った。 インターネットで日本から買ったらしい。 Dr. チェンは12月からもうひとつの方の病院に行ってて、長いこと話してなかった。 久しぶりで、話がはずんで2時間もしゃべった。 仕事のこと。病院のこと。愛について。恋について。セックスについて。なぜかコメディ・クラブについて。 大きな声で「セックス」「セックス」って連発してて、切ってから恥ずかしくなった。 あんなに大きな声でしゃべってたら大家さんに聞こえたかもしれない。「セックス」の部分だけはっきり分かったかもしれない。 切ってから送ってくれた曲のひとつを聴く。 題名がわからないけど、美しい曲だった。美しい歌詞だった。 もう会えなくなったのに、遠いとこから愛を伝えてる。 何度も聴いた。 何度も何度も聴いた。 気持ちが安らいだ。 どんなに離れていても、もう終わったはずの恋でも、 絶対に実らない恋でも、 伝えたい愛はある。 伝えられる愛がある。 あるよね。あるんだよ。 - また間違えた - 2002年12月28日(土) 朝、車のディーラーに行った。リコールの手紙がずっと前に来てて、近所のディーラーにアポイント取ろうとしたら、応対悪い上にホリデーの間はお休みっていうから困ってた。そしたら前のアパートの近くのディーラーからはがきが来たから、そこに行くことにした。 結局部品を取り寄せなくちゃいけなくて、せっかく行ったのに来週にアポイント取り直し。 モールでぶらぶらしてからカダーのルームメイトに電話した。もうずっと話してなかった。近くまで来たからなんとなく電話した。マジェッドはいないって知ってるし。まだ寝てた。「来る?」って言ってくれた。「カダーがなんていうかわかんないけど」って。 カダーはニューイヤーズ・イヴを挟んで一週間アップステイトで過ごすって言ってたから、もうこの週末から行ってるんだと思ってた。「カダーいるの?」「いるよ。寝てる」「カダーに聞いたらきっと来るなって言うよ」「じゃあカダーに電話しなきゃいいよ」「眠たそうだから、もう少ししたらまたかけるね」。 郵便局に母と妹へのプレゼントを送りに行って、ほかにあった用事も済ませて、車に戻ったらまたキーをつけたままロックしてた。AAA に電話したら、一年分のロードサービスの回数限度をもう超えちゃったから料金がかかるって言われた。だから断った。 どっちにかけようか迷ったけど、カダーに電話した。一緒にいるのにルームメイトにお願いしたら、カダーの機嫌が悪くなる。カダーの機嫌を損なうのはやだ。なんかやっぱりヘンだけど。来てくれるって言った。スターバックスの前って場所を教えて、電話を切って待つ。 カダーはルームメイトを一緒に乗っけて来た。驚いた。手にワイヤーのハンガーを持って、笑って「Hi」って降りて来て、わたしの背中に手をかけて「How are you?」って言った。ニットの帽子が似合ってた。もうそれだけで Bye なんか無理だと思った。カダーはハンガーを伸ばして窓のすき間から入れてドアのロックをはずしにかかる。なかなかはずれなかった。結局、通りかかった男の子が「やらせてみて」ってやってくれて、やっとはずれた。男の子にお礼を言ったけど、カダーがチップをあげなっていうから、自転車に乗りかけた男の子のところに走って行って、5ドルあげた。 ルームメイトが「なんで AAA のフリーサービスの回数限度越えるほどおなじ失敗するかなあ」って笑ったり、「スペアキーいつも持ってなよ」とか「もうちょっと気をつけること」とかいろいろわたしに言ってた。目の前のスターバックス指さして「コーヒー飲んでく?」ってお礼にごちそうしようと思って言ったけど、カダーは「うちで飲んだとこだから」って言った。それから「じゃあね」って手をあげる。だからわたしも手を振って、ルームメイトにも笑って、でもなんだか泣きそうだった。 わたしの車と、カダーとルームメイトの車は、お互い反対方向に向かった。カダーがバイってもいちど手を振ってくれた。 思い立ってチビたちのごはんを買いに行って、隣りのスーパーマーケットでホットチョコレートミックスとクッキーとサンキューカードを買った。車の中でカードにお礼と Happy new year! を書いて、ホットチョコとクッキーと一緒にカダーんちのドアに置いて来ようと思った。置いて来るつもりがノックしてた。カダーが出て来た。 「これ、お礼。助けに来てくれてありがとね」「入りなよ」「いいよ、帰る」「いいから、入りなって」。 ものすごく緊張した。なぜだかわかんない。カダーはカードに書いたことを読んで笑って、出てきたルームメイトに「これお礼にって持って来てくれたよ。カードまでつけて」って言った。紅茶を入れてくれて、最初は笑っておしゃべりしてたけど、カダーはつけてたテレビを見る。ルームメイトが気を使ってるみたいにわたしとおしゃべりしてくれる。 ほんとにナーバスだった。居心地が悪かった。テレビを見てるふりしてたけど、全然見られなかった。それから、寒かった。カダーとルームメイトの間にぎこちなく座ってた。途中でカダーに電話がかかって来た。夜に出掛ける約束してた。ついてたドラマが終わってからお手洗いに立ったけど、ほんとは別に行きたいわけじゃなかった。 戻って来て、「じゃああたし、帰るね」ってカダーに言った。「帰るの?」ってルームメイトが返事した。 カダーはカウチから立ち上がって、わたしを抱き締めてほっぺたをくっつけて「Happy new year」って言った。カダーの腕の中でわたしは「Happy new year」がなぜか返せずに、ただ「To you too」ってだけ言った。「ディール・バーラック」。玄関のところでそう言ったら、カダーは笑った。ルームメイトが「何? Happy new year のこと?」って聞く。「Take care のこと」ってカダーが返事した。それからわたしに「誰が教えたの?」って聞いた。笑って、答えなかった。ずっと前にカダーの国の言葉の小さなポケット辞書を買って、それで覚えた言葉だった。 まだ溶けずに氷みたいに固まってる雪のドライブウェイをそろそろと降りながら、悲しかった。ものすごく悲しかった。車を運転しながら胸が痛かった。キリキリキリキリものすごく痛かった。今もずっと痛い。 なんであんなにナーバスだったんだろ。なんであんなに居心地悪かったんだろ。 せっかく3人で会えたのに。やっと3人で会えたのに。 なんで今もこんなに痛いんだろ。 わからないけど、多分また間違えたからだ。 - ちょっとだけ Bye - 2002年12月27日(金) 「ニューイヤーズ・イヴ・パーティをうちでしようと思うんだけど」って、昨日ジャックが遠慮がちに言い出した。「ぎりぎりのノーティスだからもうみんな予定入っててダメかな」って。ジェニーとわたしは大乗りで、やろうやろうってけしかける。ジェニーの友だちが今年はタイムズスクエアのカウントダウンに行こうって言ってるけど、人ばっかで寒いだけだからヤダってジェニーもわたしも思ってた。 ジャックはヘンなとこで神経質で、誰を招待したらフェアかとか、アルコールは来る人ひとりひとりの好みを考えなきゃとか、ウルサイ。「いいよーどうだって。なんでもいいじゃん。誰来たっていいじゃんか」って、ジェニーはさっそく友だちのレネに電話してメッセージ入れてる。「タイムズスクエアは没。パーティするからそれに来ること。命令」とかって。 ジャックはそのうえ潔癖性でおうちの掃除ばっかしてて、「クリスマスは何するの?」って聞いたときも「掃除」って言ってた。「うちは家の中では靴を脱いでもらうからね」って言う。「ニューイヤーズ・イヴまでに掃除をしなくちゃいけないよ」って言う。「しなくていいよ、どうせ滅茶苦茶になるんだからさ」「靴は脱いであげてもいいけど」ってふたりでからかう。いたずらのスプレーペンキ持ってって行ったらいきなり壁にスプレーしてやろうか、ってわたしはこっそりジェニーに言う。あの、スプレーしたあと剥がせるヤツ。 今日またごちゃごちゃ言い出す。ジャックはお料理しないから1階と3階のキッチンはガスを止めてて、2階のキッチンのオーブンだけは使えるけどもう6年くらい使ってないって。「頭ん中がスピンして来たよ」ってジェニーが言う。まあいいじゃん。食べるものちゃんと持ってくから。ジャックをからかうのはおもしろいから、とんでもないパーティにしてやろうって、ジェニーもわたしもエキサイトしてる。「CD あるんでしょ?」って聞いたら「何百枚もあるけど全部クラシック」ってにっこり言われたときには、わたしも頭痛がしたけど。しょうがない。クレイジーなの、わたしがいっぱい持ってく。 「まだカダーが好きなの? なんでよ?」って、ジェニーに言われた。 クリスマス・イヴの日のこと話したら、マジェッドのほうがずっといい人じゃん、マジェッドにしなよ、って。だから、マジェッドにはそういう感情ないんだって。 「カダーなんてさ、最初からあんまりいい人って思えなかったよ」ってジェニーは言う。 「いい人なんだよ、あたしの気持ちに対してしてること以外は。でもさ、マジェッドに言われたの。『誰かに対していい人じゃない人をどうしてそんなにいい人だと言えるの?』って」 「そうだよ。アンタの気持ちなんかどうでもいいんじゃん。アンタに対していい人じゃないってことはそれだけでいい人じゃないってことじゃん」。 そうなのかな。だけどいい人なんだよ。誰かに対して優しいとかいい人とか、そういうんじゃなくて。誰かに対してじゃなくても、あったかい心を持ってるんだよ。わたしには分かる。もしも誰ひとりカダーのことをいい人だと思わなかったとしても、わたしだけはカダーを、心の底で愛情が深くてあったかくて優しい人だと思ってる。「どこが」って言われそうなくらい悲しい目に遭わされたって、そうさせてるのがわたしなだけ。 だけど、帰りの車の中で思ってみた。 ジェニーに言われたからじゃなくて。 新しい年が始まるから。だから。 少しだけ、離してみようかな。努力してみようかな。 そう思っても痛くなかった。 やっぱり出来ないよ。 そう思ったらちょっと痛くなった。 だからこの選択、間違ってないのかもしれない。 ニューイヤーズ・イヴに、今年と一緒にちょっとだけ Bye。 いつかいつかいつか痛みなしに友だちになれる日信じてても、 ずっとカダーの幸せ信じ続けても、 ちょっとだけ Bye なら出来るかもしれない。 - ホワイトクリスマス - 2002年12月25日(水) 「Hi」の代わりに「メリークリスマス!」が溢れる一日。 患者さんたちに赤とグリーンのセロファンでくるんだフルーツバスケットが配られる。 穏やかな日だった。 お昼に、クリスマス休暇をカナダの家族のとこで過ごしてたローデスからオフィスに電話がかかる。「ローデス! いつ帰って来たの?」「今日。ねえ、ジェニーの机のまん中の引き出しに入れてたものがあるの。ちょっと開けて調べてみて?」「鍵かかってるよ」「違う違う。サイドのじゃなくて、デスクトップの下の」「ちょっと待って」。なんだろうって開けてみたら、ジェニーへとわたしへのクリスマスプレゼントの包みが入ってた。デスクトップの下の引き出しは薄いから、ジェニーは使ってない。わたしの机にはその薄い引き出しがついてない。 「いつ入れたの?」「休暇に行く前の日。もう気がついてると思ってた」。ローデス、素敵。ジェニーは今日はお休みだから、明日教えてあげる。なんてかわいいサプライズ。 ゆうべの雪は朝には雨に変わったけど、夕方からまた大雪になって一面まっ白。 ナースステーションから病室の窓の向こうに舞う雪を遠くにぼうっと眺めてたら、ナースのジェイムスに肩たたかれる。「デイドリーミングしてた」って言ったらジェイムスが「Iユm dreaming of a white Christmas♪」って歌って、「The dreamユs come true」って笑った。 静かな静かなホワイトクリスマスの夜を、ひとりで過ごす。 昨日病院でもらって来たパネトーネを、紅茶を煎れてパクパク食べて。 チビたちと遊んで。 母に電話したら妹が出た。 前よりずっと元気そうだった。 母もこの2日は、突然泣き出したりしないでとても穏やかだって言ってた。 うんと遅くに、大家さんたちと娘夫婦が帰ってくる。 フランクと娘のニコールがドライブウェイの雪かきをするのを手伝う。雪をかいたあとに塩をまくのがわたしの仕事。氷砂糖みたいなやつ。デイジーと、ニコールのふたりのワンちゃんが、雪の中で転げ回って遊ぶ。それから犬たちを公園に連れてくから一緒においでよって言われて、うちに入ってコートを着て帽子を被ってマフラーと手袋をしてついてった。 真夜中の誰もいない公園の雪は足跡もついてなくて、犬たちと一緒にずぼずぼと真っさらな雪を壊して走る。わたしの投げる木切れはちっとも遠くに飛ばない上に、犬たちの方が先に駆けてくくらいなマヌケな飛び方。「フットボールの選手にはどんなことがあってもなれないね」ってニコールが大笑いする。 1時間くらい遊んで、ハイパーが止まらない犬たちをなんとかリーシュに繋げて帰る。 フランクがブルームを貸してくれて、明日の朝には凍ってしまうから今のうちにしなさいって言われて車の雪落としをした。 口が利けないくらい寒かった。 バスタブに熱いお湯を溜めて、ソルトバスに入る。 凍ってたみたいな足の先が、だんだん解凍されていく。 溶けながら、お祈りをする。 お湯の中で、体が浮いたみたいにふわふわしてた。 何も特別なことしなかったのに、こんなに素敵にクリスマスを過ごせた。 昨日も今日もたくさん「メリークリスマス」を言ったけど、最後に神さまにメリークリスマス。 わたしったら、神さまの手の中がすっかり心地よくなってる。 - ちっちゃいクリスマスプレゼント - 2002年12月24日(火) クリスマスイヴっていうのに、大変な一日だった。 いつも落ち着き払ってるあの憧れの Dr. ラビトーが、「What a day!」ってすごいナーバスな顔して走り回ってたし。 お昼にやっかいなミーティングがあって、なんだか非建設的なミーティングになっちゃって後味悪かったし。 今年は何も予定なし。 明日はアニーのオフィスのアニーじゃない方のアニーがおうちに招待してくれてたのに、ぼうやが病気になっちゃったからキャンセルになる。 仕事終わってオフィスからカダーに電話する。メリークリスマスを言うために。 おとといも言ったけど。 白い教会のキャンドル立て、すごく気に入ってくれてた。よかった。 カダーは誰かんちのクリスマスディナーに招待されてて、そこに行く途中だった。 帰って2階の大家さんちにプレゼントを持ってく。 娘夫婦がふたりのワンちゃん連れてクリスマスホリデーに来てて、これからみんなで親戚んちに行くって言ってた。「メリークリスマス」と「行ってらっしゃい」を言って、下に降りる。 今夜はチビたちとサイレントナイトかあ、って思いながら、マジェッドにもメリークリスマスを言うために電話した。 どこにも行かないって言うマジェッドが、「きみも予定ないんなら、うちに来る?」って言ってくれる。大喜びで「行く行く」って返事して、マジェッドのクリスマスプレゼントを急いでラッピングする。 出るときに大家さんの娘がもう外にいて、「あたしも出掛けることになったよ」って言ったら「そうだよ、出掛けなきゃ」って嬉しそうに笑った。 マフラー、喜んでくれた。ちょうど買おうと思ってたとこだったんだ、って。 センスいいねえって言ってくれた。「見つけたとき、マジェッド絶対これだって思ったの。一目で似合うってわかったよ」って言った。ほんとにそうだった。色の組み合わせの違うのがたくさんあって、その中でそれがひときわ「マジェッド」って色してた。そして、ほんとによく似合ってた。 ターキッシュのピザってのをオーブンで焼いてくれた。普通のピザと全然違った。おいしかった。 それから会社のクリスマスパーティの写真を見せてくれて、好みの男を探す。 素敵そうな人はみんな結婚してて、結婚してない人はみんな素敵じゃなかった。 グリークの音楽を聴きながら、ほかの写真もいっぱい見せてもらった。 マジェッドのお兄さんはすごい美形で、ムービースターになれそうだった。 マジェッドの小さい時の写真は、そのままポストカードにもグリーティングカードにもなりそうなくらい愛くるしかった。「子どものままだったらよかったのに」って笑った。 ティーンズの頃の写真も可愛くて、「女の子に興味ありません」みたいな顔してるところがますます可愛い。「可愛いねえ」ってまた何度も言って笑った。今がダメとは思ってないけど。 グリークの音楽が素敵だった。 この間の土曜日にわたしが住んでるとこのグリーク・バーで飲んだとき、初めて聴いて好きになったって言ってた。「なんだー。うちの近くで飲んでたんだったら、呼んでくれたらよかったのに」って言ったら、「カダーと一緒だったから」ってマジェッドが言った。 この間の土曜日。わたし具合が悪くて死んでた日だ。カダーがうちに呼んでくれたけど行けなくて、気分良くなって電話したら「友だちと飲んでる」って言ってたときだ。「マジェッド」って言わなかった。 わたしと時々会ってることはカダーには内緒にしてる。カダーが気を悪くするからって。 よくわかんない。全然わかんない。マジェッドも「僕もよくわかんないんだけどさ」って言う。 楽しかった。マジェッドってほんとに一緒にいるのがラク。カダーの友だちってことも忘れちゃう。 車のとこまで送ってくれたマジェッドが、「明日は雪だってよ」って言った。 帰りの高速でもう雪が降ってきた。 あの人に電話する。 クリスマスライブの準備してるとこだった。 音楽仲間がいっぱいいるとこで、わたしと普通に話してくれる。 「ホワイトクリスマスだってさ」って誰かに言ったり、「今日のライブ、ビデオに撮るから出来が良かったら送るよ」って言ってから「な?」ってまた誰かに言ったり。 困らせようと思って「キスして」って言っても、平気でいっぱいキスしてくれる。 ヘンな音立てるから「何それ。やだよそんなの」って言ったら「クンニ、クンニ」とか大声で言って笑ってる。 わたし、音楽仲間の間であの人の「何」ってことになってんだろ。 わけわかんないけど嬉しくて、ちっちゃいクリスマスプレゼント。そう思った。 - あんな抱かれ方 - 2002年12月22日(日) 元気になって、夕方ルーズベルトフィールドでショッピングしてたら、カダーが電話をくれる。 「ごはん食べたの? 一緒になんか食べに行こうよ」って言ったら、おなか空いてないって言われた。「じゃあここにおいでよ」って言ったら、モールに行きたくないって言われた。 ショッピングが終わったら電話してって言うから、大家さんへのプレゼントをやっと決めて買ってから、電話する。カダーったらシティに友だちと飲みに行く途中だった。会ってくれるのかと思ってたのに。 「そんなに長い時間飲まないからさ、あとで電話するよ。うちに帰ってるだろ?」って言った。 飲んでからうちに来るんだろうなって思った。セックスしたいんだ。わたしとしたいことは、それだけ。 教会のキャンドル立てを出掛ける前に素敵にラッピングしたのを、予定通りにカダーんちに届けに行く。 予想が当たってなかった場合のために。リビングルームに灯りがついてたからルームメイトはいるんだと思った。でもドアはノックせずに、ノブにプレゼントを入れた袋をぶら下げて帰って来た。 電話がかかって来ないから、化粧を落として寝る用意を始めてた。 もう具合が悪くなるのはヤだから、今日は早く寝ようと思った。そしたら電話が鳴る。今シティを出たとこって言う。「今から行こうか?」「来たいの?」「行って欲しい?」「あなたは来たいの?」「行くよ」。10分くらいでカダーは来た。「何か飲む?」って聞いても何もいらないって言って、抱き締めてキスしてベッドルームにわたしを連れてく。「ハイ出しました、オシマイ」みたいなセックスだった。 ベッドサイドテーブルに立ててるフレームのひとつをカダーは見てた。 まだ前のアパートに住んでたとき、カダーの国の言葉を書いてって渡した薄いグリーンの紙に、カダーが書いてくれたカダーの国の詩。引っ越しに紛れて失くさないように「大事なもの入れ」の箱にしまってたのを、少し前にシルバー色のフレームに入れて、ほかの写真のフレームと並べて立ててた。 「あれまだ持ってたの? 僕が書いたヤツ」 「え? ああ、あれ? 気がついた?」 知っててそう言う。 「覚えてるの? あなたが書いて読んで聞かせてくれたの」 「You are crazy」 カダーは笑ってそう言う。 「だって素敵じゃん、あなたの国の文字。なんて書いてあるのかわかんないけど」 ほんとは少し覚えてる。英語で意味を教えてくれたの。愛をうたった詩だった。 「愛の詩だよ。有名な詩人なんだ、最近死んじゃったけどね。僕は彼の詩が好きだから。女の子に人気があるんだけどさ」 カダーは、自分の国のおうちにその詩人の詩集を殆ど全部もってること、いつかカダーんちでわたしに読んで聞かせてくれた詩集もその詩人のだってこと、持ってるうちの一番お気に入りを持って来たつもりが荷物の中に違うのが入ってたこと、そんなことを話してくれた。 「今日、何買ったの?」って、それからわたしのクリスマスショッピングの中身を聞いた。大家さんにあげる日本酒の徳利とおちょこのセットを見せて、「綺麗だね、でも何に使うの、それ?」って聞くカダーに説明してあげた。お揃いの綺麗なピンクの花柄の四角いお皿も見せた。気が利いてるね、おしゃれだね、いいプレゼントだよ、って言ってくれた。食器にしようって決めて探しに行った Pottery Barn で見つけたものだった。カダーがいいって言ってくれて、嬉しくなった。 前に買った母と妹へのプレゼントも見たいって言うから見せた。 母に選んだセーターをジェニーが「あたしも欲しいなあ、これ。いいなあ」って言ってたから、サプライズにジェニーにそれを買った。ちっちゃいサイズと大きなサイズのおんなじセーターを見て、カダーは大笑いした。「ジェニーに言うなよ、きみのママとお揃いだって」「ジェニー知ってるよ、これお母さんにあげるの」。カダーはまだ笑ってる。可笑しいよ、きみのママとジェニーがお揃いのセーター着るってさ、って。 「あなたにも何か買ってあげたかったの。でもあなたって好みがウルサイでしょ? だからやめた」「いいよ、僕はプレゼントは嫌いだから」。知ってるけど、あげたかった。帰り際に「あなたんちにもプレゼントが届くんだよ」って言ったら「え? 送ってくれたの?」って嬉しそうな顔してた。「あなたにじゃないんだけどね」って慌てて言った。そんなに嬉しそうな顔するならカダーにもあげればよかった。あげたかった。 愛を綴った詩が好きなカダーを、わたしはほんとのカダーだとまだ信じてる。 そして、わたしが買ったプレゼントを見たいって言ってくれるカダーをほんとのカダーだと思ってしまう。誰かに「やめなさい」って言って欲しい。でもほんとはやめたくないから誰にも言えない。 今更みたいに悲しかった。虚しかった。自分が可哀相になる、あんな抱かれ方。 初めてあの人に対して「ごめんなさい」って思った。わたし、こんなバカな女だよ。 - 淋しがりや - 2002年12月21日(土) 朝、まだ胃が痛くて吐き気がしてた。 週末のシフトを休むわけにいかないから、頑張って出掛ける。 フロアで両足の太ももがジンジン痺れてきて、熱が出るなと思った。 ナースにお願いしてお薬をもらって飲む。 ふらふらの体を引きずって、こんなんで患者さん診ていいのかなって思いながら、それでも患者さん診てる間だけは元気になれる。 お昼休みは何も食べずにオフィスの机に突っ伏してた。 「気持ち悪い。吐きそう。熱もある」って言ったら「妊娠したんじゃないの?」って言われて、「そんな心配してみたいよ」って笑う。「帰りなよ」ってエヴァが言ってくれたけど、週末は人のフロアもカバーするからそういうわけにいかない。新規の患者さんだけ取りあえず全部診ることにして、4時半に終わった。もう限界。ジャックにペイジしたら「帰りな。僕も今日はもうすぐ終われるから」って言ってくれて、帰って来た。 帰ったら大家さんの奥さんに会う。「How are you?」って聞かれて「気分悪いの。吐き気がする。明日はお休みでよかった」って言ったら、ちょうどチャイニーズのハーブで作ったスープがあるから、それを食べなさいって持って来てくれた。とてもじゃないけど食欲なんかなくて、ありがとうって受け取ったけど食べられなかった。 着替えてベッドに倒れ込む。 電話が鳴った。 カダーだった。 あんまり苦しくて、何言ってんだか自分でもわかんない。 「え?」「え?」って、カダーも聞いてた。 めちゃくちゃ気分が悪いことは通じたみたいで、「うちに来ないかなって思ってかけたんだけど、具合悪いんだったらダメだね」って言う。「えー? 大丈夫。行く」って言ったけど「だめだめ」って言われた。実際、行けるわけなかった。「出掛けないの?」って聞いたら「多分出掛けない。うちにいる」って言った。「じゃあ元気になったら電話してみる」って言って切った。 珍しい。土曜日の夜にカダーが出掛けないなんて。 予定がないからわたしを誘っただけだ。それでも嬉しい。理由がなんであれ。 行けないのは残念だったけど。 下痢にまでなって、まどろんでは目が覚めてまどろんでは目が覚めてベッドとバスルームを往復する。やっと少し楽になったのは夜中の12時過ぎだった。 カダーに電話した。 カダーは自分の国の言葉で誰かに話しかけながら、わたしに「元気になったの?」って聞いた。友だちと外にいるって言ってた。「また電話するよ」って。 わたし知ってる。カダーはひとりじゃいられない淋しがりや。 だからいつでも誰かを求めて誰かと時間を過ごそうとする。 わたしはいつも誰かを待ってるだけで、ひとりぼっちを必死で我慢してる淋しがりや。 カダーのほうがよっぽど強い。 ひとりが淋しくなったときに会いたいと思ってくれるなら、それでいい。 わたしはいつでもカダーのことを思ってるから。待ってるから。 シャーミンが作ってくれたスープをひとくち食べてみたけど、匂いがきつくてまた吐きそうになった。 朝になったらあの人に電話しよう。 明日はクリスマス前の最後の日曜日だから、 元気になってクリスマスショッピングを済ませよう。 それから、カダーんちに寄ってドアの前にプレゼントを置いて来よう。 カダーに何もプレゼントはないけど、カダーのおうちにプレゼントをあげる。 9月に買った、白い綺麗な教会のティーライトのキャンドル立て。 わたしの大好きなあのアパートにきっと似合う。 - 胃が痛い - 2002年12月20日(金) 体がだるい。 胃が痛い。 胸の奥が痛いんじゃなくて、胃が痛い。 昨日パーティの途中で痛くなって、痛い痛いって言いながら踊ってた。 帰って来てから、Dr. ライリーが処方してくれたお薬を飲んで寝たけど 今日仕事中にまた痛くなる。 ちょっとおさまってたのに、また痛い。 体中がだるい。 こんなときは気が滅入る。 お祈りする元気もない。 あの人に会いたい。 あの人に会いたい。 - クリスマスリース - 2002年12月19日(木) 先週2日のセミナー入れて6日ストレートで仕事したせいで、今週は疲れ切ってる。 月曜日にボニーからクリスマスプレゼントが届いた。おしゃれなアロマジャーとオイルのセット。クランベリーの香りがホリデーっぽくて、嬉しい。 父からも小包が届いた。日本のインスタントラーメン。こっちはため息が出る。 火曜日はやっとお休みで、お昼まで寝てた。夕方から、仕事終わったジェニーとクリスマスショッピングに出掛ける。昨日の病院のポットラックのランチパーティのグラブギフトと、母へのプレゼントを買いに。ボニーがくれたアロマジャーが嬉しかったから、おなじようなのを見つけてそれをグラブギフトに選んだ。母にも素敵なセーターが見つかった。ボニーはお姉さんにコーチのバッグを買ってあげてた。「去年までクラッピーなのしかあげてなかったからね」って。お姉さん、今年は超ラッキー。例のコーチ柄のブーツを「これを心からかわいいと思って買う人がいると思う?」とか、コーチ柄のスリップオンの靴があって「うわ、不細工!」って笑ったり、ちゃんと買い物したあとだから強気で、ふたりで好きなこと言ってはおもしろがる。わたしが買い物したわけじゃないけど。やっぱりジェニーとショッピングするのはおもしろい。フランチェスカより。 ポットラックは「スシ」をリクエストされてたから、うちに帰ってから巻きずしを2種類山のように作って、殆ど明け方に寝た。それで昨日はまた仕事中くたびれてた。 グラブギフトでバナナリパブリックのギフト券もらった。「嬉しー。これで白いニットの手袋買お」って大喜びしてたら、ジェニーはシアーズなんかのギフト券もらっちゃって、「ストッキングでも買うか」って凹んでた。わたしがあげたアロマジャーとオイル、喜んでもらえた。でも、間違えて自分の分に買ったオイルを包みに入れちゃってた。あげるはずだったジンジャー&グレープフルーツをうちに帰って使ってみたら、すごく素敵な匂いでクランベリーより気に入った。 今日は今度の土曜日の出勤の代休だった。またお昼前に起きて、あの人に電話してみる。仕事場にアメリカ人の男の人が遊びに来てて、「ナンか話す?」ってあの人が電話を代わる。休暇で日本に行ってて、何度かあの人の仕事場に遊びに行ってるらしい。なんでわたしがその人と話すのかなって思ったけど、その人の名前を呼んで「ニューヨークの友だち。話す?」って英語で言ってるのが聞こえて、かわいいなって思った。そのアメリカ人にあの人の仕事場のこと「どんなとこ?」って聞いたら「Itユs cool!」って言ってた。あの人のこともいいヤツって言ってた。嬉しかった。 クリスマスショッピングの続きにひとりで出掛ける。妹にパンツとシャツを選んだ。マジェッドに似合いそうなマフラーがあったから、それも買う。母にももうひとつ何か買おうと思ったけど、いいのが見つからなかった。大家さんのフランクとシャーミンにも何か贈りたい。でも決まらなくて時間がなくなった。去年はクリスマスショッピングもしなかった。お金に余裕が出来たわけじゃないけど、無理してでもクリスマスにはプレゼントをあげたいって思えるようになったのが嬉しい。来月からまた節約すればいい。 あの人にはもう間に合わないから、インターネット のお花屋さんから仕事場にクリスマスリースを送った。 夜には病院のクリスマスパーティがあった。去年と DJ が変わってたのに相変わらず選曲がイマイチで、ICU のクラークのエディが「ケチャップソング好き? 車に積んでるから持ってくるよ」って言うから喜んだのに、手ぶらで戻って来た。思い違いで、なかったらしい。それでも最後の方はいい曲がかかって、今年は最後の最後まで残って踊った。また裸足になって踊ったら、みんなが真似して靴をポンポン脱ぐ。楽しかった。 持って行ってたデジタルカメラに保存したままの写真を、ジェニーが見る。ビーチで撮った写真も残ってた。カダーと写ってるのもカダーが撮ってくれたのも。「オーマイガー・・・」ってつぶやいたら涙が出そうになった。ジェニーが「まだ話してるの?」って聞く。「たまにね」って答える。今日もあの人に電話したあとでかけた。カダーは仕事中で、でも切らないでいてくれて、だけど殆ど何も話さなかった。多分何も話すことがなかった。今日はわたしから「忙しそうだから切るね」って言った。「またかけるよ」って言ってたけど、わかんない。 ジェニーがおもしろがって、カダーが撮ったわたしの「セクシーショット」を、知ってるナースたちに見せる。みんながキャーキャー言って、「誰が撮ったの、これ?」って聞く。「Somebody...」って答えてから続かなかった。 帰って来てからまたあの人に電話する。ずっとスタッフのことで悩んでた。結局女の子ふたりクビにしたって言ってた。いろいろ話してくれてから、「間違ってないだろ?」ってわたしに聞く。間違ってない。あの人はいつだってしっかり考えて正しい判断が出来る人。そして自分でちゃんと解決出来る人。自分の力を信じてて、自分の力で前に進める人。 ほんとに、わたしもあの人みたいになりたい。 仕事場の玄関にクリスマスツリーを飾ってるって言ってた。「安ーいの買ったからさ、背は高いけど枝がスカスカ。ライトつけてるだけだし」って笑ってた。いいじゃん、そういうのが素敵。そういうの好きだよ。そう言ったら「ほんと?」って嬉しそうだった。 ドアにリースはつけてないみたいだった。それ探るためにクリスマスの飾りつけのこと聞いた。よかった。リースが届くと喜んでくれるかな。 - ディーナのこと - 2002年12月15日(日) 日曜日の出勤。 いつもはカバーしないフロアで、日本人の患者さんに会った。正確には日本人が入った患者さん。 今日退院するから診察は簡単に済ませておうちでのケアを説明し終えたら、名前を聞かれた。「日本人なの? 私もよ」って、その人が嬉しそうに言った。見かけは全然日本人じゃなくて、おばあちゃんのおばあちゃんくらいの人が日本人だったらしい。「まだ日本語しゃべれますか?」って突然流暢な日本語で聞かれて、「はい」って緊張して答える。それから「日本で生まれたの? 日本のどこ?」ってほんとに流暢な日本語で聞かれ続けて、面接受けてるみたいに緊張しっぱなしで答えてた。日本語話すのになんでこんな緊張するのかわかんない。 「いろいろお世話になりました」って丁寧に頭を下げて言われて、「こちらこそ」って答えてしまった。バカじゃん。めちゃくちゃ恥ずかしかった。 夜、母から電話があった。声が震えてた。 離婚の慰謝料をまるごと騙し取られたのに、わずかに残った貯金を死んだ夫の借金の返済に追われる妹にやってしまって、なんでこんなことになってしまったんだろうとみじめで不安でやり切れない生活に疲れて死にたくなって、勧められるまま神経内科に通い始めたって言う。お薬を飲んでて少し落ち着けるようようになったから、それでわたしに電話してみたって言った。 ちょっと前のわたしなら、一緒になって声が震えたかもしれない。 涙声の母の話を最後まで聞いてから、「お母さん?」って呼んだ。 どうしても話さずにいられなくなった。そんなこと、絶対信じるような人じゃないはずだけど。 ディーナに出会ったこと。「あなたのお母さんがとても苦しんでる」って言われたこと。ディーナに言い当てられた母の過去のこと。母の結婚のこと。母と父のこと。わたしが黒い影に覆われて生まれたこと。ダークネスって言ってもわかんないだろうから、「黒い影」って言った。黒い影は母につきまとってたもので、それをわたしが生と一緒に母から与えられてしまったこと。黒い影が磁石のように悪いことを引き寄せて来たこと。母も黒い影にまだ覆われたままなこと。 「その人が、あたしの黒い影がなくなるように助けてくれるって言ったの。黒い影がなくならなきゃあたしは幸せになれなくて、悪いことが増えてくばかりだって言われたの。あたしの影がなくなったら、お母さんの影もなくなるって」。 はじめはお金を取るビジネスだと思ったけど、そうじゃなかった。その次は怪しい宗教かと思ったけどそれでもなかった。言い訳するみたいにそう母に言った。「何バカなこと言ってるの。あんた騙されてるんだよ。それか、その人オカシイんじゃないの?」とか言うかと思ったけど、母は黒い影の話をこわいくらいに納得してた。いつもいつも胸の奥の方が痛かったのが、ディーナに言われたとおりのことをして、信じてお祈りしてたらなくなったことも話した。母はそれも信じてくれた。 「私の影もなくなるのかしらね」。幸せなときならそんなこと信じないだろうけど、今ならどんなものにだってすがりたい、そんな気持ちだ、って母は言った。 そうだよ、お母さん。だからあたし、お母さんの分も毎日お祈りしてるの。毎日毎日、必死になってほんとに一生懸命信じてお祈りしてるの。そう言ったら、泣きそうになった。 「何に向かってお祈りすればいいの?」って母は聞いた。 「その人は神さまって言う。でも、自分を助けてくれる大きな力がどこかにあるって信じてお祈りすればいいんだと思うよ」。神さまなんて信じそうにない母にそう答えた。「仏さまでもいいのかしら」って言うから可笑しくなったけど。「気の持ちようってことだわね」って母は言ったけど、それでもいいと思った。 それでもいい。母の気持ちが楽になるなら。 それでもいい。母は笑わずに聞いてくれた。 それでもいい。幸せに向かえることを信じてみるって母は言ってくれた。 クリスマスプレゼントを送ってあげるよ、お母さん。 ハッピーな気分になれるような、明るい素敵な洋服。昔みたいにいつもおしゃれでいてよ。 妹にも送ってあげよう。 今日もお祈りするよ。お母さんのために。わたしは信じるよ、お母さんの幸せ。 それから、妹のために。 自分のために。あの人のために。カダーのために。 別れた夫のために。 大切な友だちのために。 そんなに欲張ってもいいのかな。 いいってことにする。いいに決まってる。 - Feel secure. - 2002年12月14日(土) 今日もセミナーに行く。 7:45AM 開始なのに、目が覚めたら7時35分だった。 大慌てのシャワー。適当に選ぶ下着。いつもの3倍くらいいいかげんな化粧。洋服だけは決めといてよかった。濡れたままの髪をバチンとクリップで留めて履き慣れたボロの靴引っかけて、コートの裾に足絡まりそうになりながら地下鉄の駅まで急ぐ。駅に着いたのが8時5分。電車に飛び乗ってから「これ、タイムズスクエアまで行きますか?」って人に聞く。反対方向のに乗らない限りどれに乗ってもタイムズスクエアには行くはずなのに、いまだに地下鉄に乗り慣れなくて不安で聞かずにいられない。寒いのに汗かいた。 降りてから2ブロック半、また足絡まりそうになりながら歩く。ビルに着いたとこで携帯が鳴った。こんなときでも「カダーかな」って期待する。ジェニーだった。 「今着いたー。すごい遅刻?」「まだ平気。前から2列目に席取ってるからね」。 着いたのは8時半。もらったプログラムを見たら「7:45-8:30AM: 受付と朝食」だって。受付にはまだ人が並んでた。朝食のサービスにも間に合って、コーヒーとクランベリーのマフィンとフルーツサラダをしっかりピックして席に着く。 今日もインスパイアされる。血が騒ぐ。トピックはわたしの一番好きな疾患。別れた夫の病気。一番得意だけど、この疾患の治療には今の資格の上にまだ特別な資格があって、わたしもジェニーもそれを目指してる。いつのことだかわかんないけど、絶対に取りたい。出来れば今の病院をやめて、専門の治療機関で仕事をしたい。「専門の治療機関」もちゃんと頭の中に具体的に名前がある。どうしてもそこでインターンがしたくて、2週間片道2時間運転して通ったとこ。充実した2週間だった。ほんとにスポンジみたいにものすごく吸収した。苦しかったマスターの勉強もインターンも、あの2週間で全て報われたような思いだった。 また頑張りたいな。あの頃みたいに。って、勉強嫌いなくせに気持ちだけはいつもエライ。 でも頑張ってみよう。今の病院をやめるわけにはいかないけど、次の目標に向かって少しずつ具体的に何かを始めてみよう。 またまる一日のセミナーを最初から最後まで真剣に聞いて、終わったときはぐったりだった。そのまままっすぐうちに帰る。シティはカリカリに寒かった。 そんなに悪いことばっかじゃなかったような気が今はする。 この街が前よりずっと好きになってることにも今日気がついた。 ひとりぼっちが心細くてもなんとか頑張ってこれた。 相変わらずお金には余裕がないけど、それだってなんとかマネージ出来てる。 だからこれからだって、多分なんとか大丈夫。 恋はいつだって苦しいばっかだけど。 それでもあの人の愛が今は安心できる。 二日続いた痛みが消えた。 もうすぐ何かが変わる。 今はそんな気さえしてる。 - バカにしてくれていいよ - 2002年12月12日(木) この間マジェッドが言ったんだ。 HBO で A.I. 観てカダーのこと考えて泣いちゃったとき。 「きみは2000年も生きられないだろ?」のあとに、 「You have to move on」って。 いつまでもそこに立ち止まってないで次に進まなくちゃいけないよ、ってこと。 そうしようと思った。 月曜日につまんないことで頭に来て、 火曜日には本屋さんに行く車の中で一生懸命嫌いなとこ探して、 昨日は友だちにだってなんなくていいって決めて。 本屋さんに注文してた本取りに行って、カダーの国のお料理の本見つけて買っちゃったけど。 今日は一日、フィロミーナと「検査数値の解釈と判断」って医学のセミナーに行ってきた。 相変わらず肝臓疾患のところが苦手で頭割れそうになったけどさ、患者さん診ないでたまにこういう勉強っていいよ。勉強続けて常に最新の医学情報仕入れてなきゃ、知ってることしか知らないままでいるからね。って、カッコイイ? 仕事のことならいつも前向きなの。なんてね。 わたし、マジェッドと A.I. 観た日曜の晩から、信じることやめてたんだ。 お祈りもしなかった。カダーのことも自分のこともほかの誰のことも。 そしたら昨日の晩、あの痛みが戻って来た。 だからゆうべ慌ててお祈りだけしたんだけどさ、今日セミナーから帰って来たら、また前みたいにキリキリキリキリ胸が痛かった。 それであの人に電話したら、突然12月の初めはあの人の彼女のバースデーだって思い出して、「何あげたの?」なんて聞いて、でたらめに日にち言ったらそれ当たっちゃって、覚えたくもない日覚えちゃって、もうずっと平気だったのにまた前みたいに悲しくなって、また前みたいにあの人困らせた。 カダーのルームメイトにも電話した。カダーにも電話した。 でも今もキリキリキリキリ痛い。 「もしも間違ったこと選んじゃったら神さまはどうやって教えてくれるの?」の答えはね、その力を信じていれば神さまの声が心で聞こえるんだってさ。さっきそれ思い出した。 このキリキリ痛いのが、神さまっていうその力の声なんだと思った。 カダーのことも自分のこともほかの誰のことも、もうすぐ来る幸せを信じることをやめたのが間違った選択だったんだ、きっと。 だからもう、信じるしかない。 痛いのはいやだから。 もうこういう痛いの絶対ヤだ。 信じる方法教えてもらって、やっと痛みから解放されてたのに。 だからまた信じるよ。 そうするしかない。 信じて、お祈りもするよ。 そうするしかない。 バカにしてくれてもいいよ。 でもそうするしかない。信じるしかない。信じたい。 バカにして笑ってもいいけど、 貴女の分までまたちゃんと信じるから。 だから大丈夫だよ。 貴女が信じなくたって。 ね? - どこにも行かない - 2002年12月09日(月) 仕事の帰りにカダーのところにお薬を持って行く。 今日は仕事が遅い日だから、うちにいないってわかってた。 着いたらリビングルームも、道路沿いのカダーのお部屋も灯りは消えていて、よかったって思った。いてくれないほうがいい。会わずに追い返されるなら。 スターバックスのちっちゃな紙袋に、病院のキッチンでもらってきたホットチョコレートのパケットを4つと、封筒に入れた胃のお薬を入れて、ドアのノブにぶら下げて来た。 夜中の1時くらいに電話をくれる。 「あれ、どういう薬?」 「胃が痛いときに飲む薬。あなた市販の胃酸過多用のずっと飲んでるじゃん。だめだよ」 「痛いんじゃないよ。胃酸過多なんだって。胃が痛い用の薬は違うんじゃないの?」 「合ってるの! ただの胃酸過多じゃないよ、それ。」 「だけど痛いんじゃないんだって」 「そういう症状が続くとひどい痛みを生じるんだって。それを防ぐ薬でもあるの。あたしのこと信用してないの?」 「そりゃあ信用してないよ。きみはドクターじゃないじゃん」。 頭に来て、黙る。 「わかった。じゃあ飲まなくてもいいよ。捨てちゃってよ。だけど市販のあのお薬、ずっと飲んでるとよくないんだからね」 「捨てたりしたくないよ。あの薬もやめるよ。とにかく、ありがと」 「オーケー。じゃあね」 「・・・おやすみ」 「バイ」。 おやすみも返さないで切ってやった。多分カダーが正しい。わけわかんないお薬飲むのは怖いに決まってる。でも頭に来た。だけどいい子になるのはやめた。わたしなりの、 move on。move on の一歩。 念のため、薬の本で調べてみる。それからカダーに電話する。 「お薬調べたよ」。そしてちゃんと詳しく効用を教えてあげる。 「ありがと。ホントに感謝するよ」って、カダーはバカみたいに優しい声で言う。 だから今度はわたしもちゃんとおやすみを返した。 ただ、カダーの胃が心配なだけ。 でもわかんなくてもいいよ。もういいよ。 あの人に電話する。 明日はお休みだから、あの人の一番都合のいいわたしの明け方の時間まで待って、かける。 でも仕事中だった。 「ごめん。もう仕事なんだ」。 そう言いながら、囁き声で話してくれる。 どきんとした。 あの人の囁き声が好き。 どきんとして、久しぶりにどきどきした。 どきどきした。 あの人が好き。 どこにも行かない。あの人からは。 - the blue fairy - 2002年12月08日(日) ちっちゃくなったアロマセラピーのキャンドルをひとつにして新しいキャンドルを作ろうと思った。ドリーンに教えてもらったクラフトショップに行く。ゴールドとシルバーの粉と、キャンドルの芯を買った。キャンドルの芯は30年くらい使えそうなロールになっててちょっと困ったけど、それしかなかった。倉庫みたいなお店にはおもしろいものが山のようにあって、アレもコレも作りたくなってコーフンしてくたびれた。 くたびれたからキャンドルは今度のお休みに作ることにして、そのままグロリアんちに行った。電話したら「おいでよ」って言ってくれたから。長い時間車を運転して、グロリアのちっちゃい子どもたちの相手してバービー人形で本気で遊んでたら、ますますくたびれた。 帰り道でマジェッドに電話する。晩ごはん食べに行こって誘った。コーヒーが飲みたくてしょうがなかった。「取りあえずうちにおいでよ」って言うから、「じゃあなんか買ってくよ」って言って、よく行ってたマジェッドのアパートの近くのイタリアンレストランでチキンのパニーニを2種類買って、その並びのスターバックスでコーヒー買って、マジェッドのアパートに行く。 マジェッドのアパートはくつろげる。どこんちでもくつろいでるけど、わたし。 コーヒー飲んで、ほっとした。パニーニ食べてコンピューターで遊んで、また HBO で映画を観る。2本目に観た映画は A.I. だった。 なんて残酷で冷酷で哀しくて暴力的で屈辱的でコミカルでバカげてブルシットな映画だと思った。テレビを見ないわたしでもしっかりインプットされたくらい公開前の宣伝はすごかったのに、放映期間が延長されなかったほど不評だったあの映画。納得した。見てるうちにムカムカきて頭が痛くなってきた。 それなのに、「人間の男の子になりたい。そしたらママが愛してくれる。本物の人間になれるようにブルーフェアリーにお願いするんだ」ってのが、わたしをまた病気にした。映画の世界に自分を重ねる病気。 「本物の男の子になったら、マミーはきっと僕を愛してくれる」。 本物の何になったら、カダーはわたしを愛してくれるんだろ。 わたしはブルーフェアリーに、ほんとは何をお願いすればいいの? 世界の終わりにブルーフェアリーはいる。 世界の終わりの、海に沈んだマンハッタンにブルーフェアリーがいる。 この街が海に沈むまで待たなきゃなんないんだ。 海に沈んだシティが映る。 「ほら、ツインタワー」 「ほんとだ。この映画ってあの前だったんだっけ?」 「そうだよ。もう古い映画なんだよ」 「そっか。あの前の春だったんだ」。 そんなことマジェッドと話しながら、ツインタワーのない現実にさえわたしは戻れないでいる。 やっと見つけたブルーフェアリーにお願いし続けて、お祈りし続けて、何も叶わないままそのまま凍って2000年が過ぎる。そしてやっとやっとマミーに会えて、たった一日だけママとふたりで過ごせる。ママは眠りについてしまう。一日が終わってしまう。 「I love you. Iユve loved you ever since」。 ー それは、デイビッドが長い長いあいだずっと待ち望んでたことでした。 聞きたい。わたしも。カダーの 「I love you」。 いつかみたいなにせものじゃなくて。 ずっと望んでたセキュアな愛。 だけど一日だけなんてやだ。 それに、2000年経ったときにはわたしはあの人のそばにいられる。 そんなときにカダーに「ずっと愛してたんだよ」って言われても困る。 だからブルーフェアリーを探したってしょうがないんだ。 カダーにセキュアな愛を求めて待ち続けたってしょうがないんだ。 「哀しすぎるぅ〜」ってエッエエッエ泣きじゃくるわたしに、マジェッドはベッドルームからティッシュを持ってきてくれて言う。「バカ。映画じゃんか、ただの」。 「あたし、カダーのこと考えてたの」 「カダーのこと考えてたの? それで泣いてるの?」 「あたしどんなに願ってもダメなんだね。シティが海に沈むときまで待たなくちゃダメなんだもんね、それから2000年待たなくちゃダメなんだもんね」 「きみはさあ、2000年も生きられないだろ?」 そういう問題じゃないんだってば。 もう夜中の2時になってた。駐車場まで送ってくれたマジェッドにバイのハグをする。「今度はさ、うちの近くの地中海料理のお店でごはん食べようよ」「いいね、オーケー」。 運転しながら思ってた。もしかしたらあのときの「I love you」はほんものだったのかもしれない。そう信じよう。だから、I have to move on. Iユm trying. - フランチェスカ - 2002年12月07日(土) フランチェスカとショッピングに行く。 自分でもびっくり。 フランチェスカはわたしのメインのフロアのソーシャルワーカーで、よくおしゃべりはする。ナースやドクターたちとするおしゃべりとは違って、パーソナルなこともよく話す。なんとなく仲よくて、でも取り立てて仲がいいってわけじゃない。と思ってた。例えばジェニーとならすごい本音を言い合えるけど、フランチェスカとはそういうわけでもない。まじめな話はするけど、めちゃくちゃバカなジョークを言い合ったりもしない。と思ってた。 洋服の好みが似てて、わたしが着てる洋服を「どこで買ったの?」っていつもフランチェスカは聞く。だから前から「一緒に買い物行こうよ」って言われてたけど、なんとなく気が進まなかった。昨日は、フランチェスカが履いてた新しいパンツがすごく可愛くて、「どこで買ったの?」ってわたしが聞いた。それで明日一緒にショッピングに行こうよってことになってしまった。 今朝はまだちょっと躊躇ってた。 でも行った。フランチェスカのうちまで車で行って、そっからフランチェスカの車で出掛ける。「どこに行く?」って聞くから「ルーズベルトフィールド」って即答する。引っ越してからもう行かなくなってたから。それからカダーがこの間、ルーズベルトフィールドでアルマーニの素敵なセーター見つけて、でもシャツだけ買ってセーターは買わなかったって言ってたから。別に買ってあげるつもりはなかったけど。 クリスマスショッピングの人出ですごかった。 わたしも、今年こそ母と妹に何か買って送ってやりたいと思ったけど、母は好みがピッキーだからちょっとやそっとで決められない。妹の好みなんかもう全然わからない。カダーにもクリスマスプレゼントをあげられたらいいなって思ったけど、アルマーニのセーターは見にも行かなかった。カダーはヒューゴ・ボスの匂いが好きで、でもコロンでもトワレでもなくてデオドラントをあげたらウケるかな、怒るかな、とか思ってた。 先週のお給料に、年に一度の「ユニフォーム代」が加わってて、その分の半分を使って自分の洋服ばっか買っちゃった。 ランチを一緒に食べておしゃべりして、好きなお店全部見て、コーヒー飲んでおしゃべりして、Macyユs と Bloomingdaleユs までつぶさに歩き回って、プレッツェル食べ歩きしながらおしゃべりして、気がついたら10時半だった。この時期はミッドナイトまで開いてるんだっけ。 ショッピングしてからシティのバーに行きたいって思ってたのにもうくたびれてダメだ、ってフランチェスカが言う。「じゃあこの次はシティにごはん食べに行って、それから飲みに行こうよ」ってわたしが言ってる。「マティーニくらいにしといてよ。ロングアイランド・アイスティーは二度と飲んじゃだめだからね」って言われる。だってそんなに強いお酒って知らなかったんだって。あの夜のことはそれ以上何も言ってないけど。ジェニーにだって言ってない。 フランチェスカ、最高。 ジェニーに話したらびっくりするだろうな。 自分でもほんとにびっくりだもん。 でもフランチェスカ、最高。 昨日マジェッドからホリデーシーズンの E カードが届いてた。 今日気がついて開ける。 「きみときみのねこたちに、Happy Holidays!」。 プレゼントの山の中で、こっちを向いてるかわいい子犬の写真のカード。 カダーなんか絶対こういうことしてくれない。 友だちって、そういうことだと思うのにな。 - 雪 - 2002年12月05日(木) 朝起きたらカーテン越しに空が黄色かった。 不思議に思ってカーテンを開けると、外がまっ白。 予定通りにロングコートを着て、玄関を出る。 傘を忘れたけど雨じゃないからいいやって思ってたら、みるみるうちに黒いコートが白くなる。車に積もった雪を落として、コートはますます白くなる。 嬉しい。 ヒーターをがんがんかけて、窓を全開にして走る。 雪がひゅんひゅん入って来て気持ちいい。 嬉しくてカダーに電話した。 「寝てたの?」「ヤー」「起こしてごめん」「ヤー」「雪降ってるよ」「ヤー。知ってる」「知ってるの?」「ヤー」「嬉しくて電話したの」。寝ぼけた声でカダーは少しだけ笑う。「今仕事に行く途中。起こしてごめんね」「ヤー」「じゃあまた寝て。バイ」。バイも言わずにカダーは切った。眠たい声の「ヤー」ばっか。起こしちゃって悪いことした。 一日中降ってた。どんどん積もった。 仕事しながらホールウェイの突き当たりの窓に行っては外ばっかり見てた。 みんな雪が嫌いって言う。雪かきが大変だって。車の運転もコワイって。それに、溶けてドロドロになるときが汚くてイヤだって。いつまでも溶けないでカチカチに凍るのも嫌いって。帰り道はほんとに怖かった。それでもわたしは好き。うちに帰るとシャーミンが雪かきしてる。大変そうだったけど、お手伝いもしないでこってり生クリームみたいに積もった雪を眺めてた。 あの娘も雪が大好きだった。大好きで大好きで、ビーチに積もった雪の中を走り回って、バタンと突然倒れたのが初めての発作だった。死んじゃったのも雪の日で、「よかったね、雪降って」って、笑ってるみたいな顔して冷たく固まってるあの娘を抱えて言った。雪が降るたび思い出す。雪が降るたびあの娘がそばにいるような気がする。天国には雪は降らないから、「ゆき、ゆき」って遊びに来てるような気がする。 あの人が電話をくれる。 「雪降ったんだよ、今日。積もってるよ」 「見たいなあ」 「見においでよ」。 雪が降るたびおんなじこと言ってる。雪が降るたび会いたさが募る。雪が降るたびあの人の好きな雪が嬉しい。雪が降るたび雪の中で一緒にはしゃぎたい。 カダーは雪が嫌いって言ってた。 みんなとおんなじ理由だった。 ほんとは好きなくせにって、なんかそう思う。 ほんとは好きなくせに。 そう思いたいよ。 - フレンチ三つ編み - 2002年12月04日(水) 寒い寒い寒い。 膝から下が、厚いタイツを履いてるのに、裾までのスカートも履いてるのに、素足でいるみたいに寒い。 「なんでロングコート着て来ないんだよ。短いコートでキュートに見せようと無理してる場合じゃないよ」ってフィロミーナが言う。ロングコートはもっと寒くなったときのためにセーブしてるんだよって言ったら、「バカだねえ。これ以上寒くなんないよ」って言われた。昨日の夜は11°Fだったらしい。摂氏にすると、ー12℃。 昨日電話で、車に乗ってるカダーに「寒い?」って聞いたら「寒くない。もう凍えてる」って言ってたはずだ。 大家さんのフランクにお直しお願いしてたコート、先週出来てきた。明日はあれを着てこうかな。 今日はなんだかうきうきしてた。 わかんないけど、なんか顔がほころんでほころんで、フロアのラジオから流れる曲に思わずステップ踏んでたり。 インサービスのプレゼンテーション終わってほっとしたからかな。 せっかくジョーク交えたりして余裕たっぷりで教えてたのに、途中からラヒラとチーフが見に来てめちゃくちゃ緊張しちゃったけど。チェックしに来るなんてヒドイじゃん。でも終わった。あと3回あるけど。 B4 で、あのビッチな Dr. カプリンと一緒に患者さん診るハメになった。 やだなあって思ったけど、Dr. カプリンったら今日は気持ち悪いくらい優しかった。わたしのオーダー、前なら絶対すんなり聞き入れてくれなかったのに、今日は「わかった、それに変えるね」ってその場で変更してくれて、その上細かいところをわたしに相談する。患者さん診てるときも、前なら横から口挟んできてアッタマ来てたけど、今日は手伝ってくれた。すっごく嬉しかったから「Thank you very much、ドクター」って丁寧にお礼言ったら、「You are welcome」って笑って返してくれて、ホントに優しかった。 患者さん全部診終えてから、うきうき気分でエレベーターホールに立ってると、突然頭の中に星がキラキラいっぱいになった。変なの。 そのままアニーのオフィスに行く。アニーがくるくる回る椅子を自分の前に引っ張って来て「座りな」って言う。なんかまたバレた? カダーのこと? なんでバレる? びっくりしてアニーと向かい合わせに座ったら、アニーはわたしの椅子をくるっと回した。それからわたしの耳の上の髪を取って編み出した。「フレンチ三つ編み?」「そう。なんでわかった?」「やだ。耳出したら寒いじゃん」「いいから」。 白衣の衿につけてたヘアクリップを「それ貸しな」って言って、両方のフレンチ三つ編みを後ろで留める。それから、「こっち向いてごらん」ってまた椅子をくるっと回して、「かわいいかわいい」って笑う。 そして言った。「アンタ、お祈りしてる?」。「うん、それがね、してるの。毎晩してるんだよ」「Good girl! アンタにはもうすぐ true love が訪れるよ、きっと」。 フレンチ三つ編みからのぞいた耳が寒かったけど、コートの衿をぎゅうっと合わせて、オフィスの外から「バイ、アニー」って投げキッスした。 ほらね、12月になれば、天使があちこちに出没する。 そしてみんなをうきうき気分にするんだよ。 フレンチ三つ編みは耳が寒いけどさ。 - 天使の翼 - 2002年12月03日(火) 明日、インサービスでナースたちに腎臓疾患の処方を教える。 ずっと前から言われてたのに、昨日やっと準備を始める。 一日かけて作った資料、今日プリントアウトしたあとに消えちゃった。 ジャックが助けてくれようとしたけどダメで、「消・え・て・る」って嬉しそうに笑いながらジャックに言われた。くやしい。 ああもう、だから PC は嫌いだ。マックのほうがずっと親切だよ。病院のコンピューターにもマック入れて欲しいよ。ジャックもマック愛用者で PC は苦手だって言ってたくせに、「PC 嫌いー」って泣きそうになってたわたしをからかう。 プリントアウトしたあとでよかった。パワーポイントはちゃんと残っててよかった。 でも明日、やだな。質問されたらわかんなかったりして。 カダーが胃が痛いって言ってたから、気になって電話した。 「今ちょっと忙しいから、あとでかける」って言われた。またかあって思ったけど、今日はかけ直してくれた。胃はまだずっと痛いって言ってた。気にかけてくれてありがとって言った。このあいだ地下鉄の駅まで送ってあげたことも、ありがとって言った。「どういたしまして」って返事したら、「ホントにありがと」ってまた言った。 「可笑しい。そんなにありがとばっか言うなんてカダーらしくない」ってからかって笑った。 クラスの帰りに車の中でかけてくれてて、少し話してから「じゃあ、またね」って言われて切った。うちに着いたんだと思った。やっぱりルームメイトが一緒のとこじゃかけてくれない。 アロマセラピーの大きなキャンドルを、丸いガラスのトレイの上で灯す。 セラピー効果はわかんないけど、お部屋中に広がるこの匂いが好きで、いつからか毎日灯してる。昨日、背がちっちゃくなってきたキャンドルのまん中の凹みから、溶けた蝋が流れ出した。ガラスのトレイのキャンドルたちのまわりに、溶けた蝋の湖が出来る。 白く乾いてからトレイから剥がしたら、天使の翼の形だった。 天使の翼が二組出来た。大きいのとちっちゃいの。 12月は天使が忙しい。 ちっちゃくて形が綺麗な方のひと組を、あの人の翼のスペアにあげたい。 あの人が息を吹きかけたら、本物の翼になるかもしれない。 ボロボロになる前に、新しい翼をつけて。 12月は天使が溢れるから、一番素敵な天使でいて。 もうひと組はカダーにあげたい。 おっきくて強そうでちょっと不格好で、これならカダーにも似合うかもしれない。 やっぱりダメか。似合わないな。 カダーは天使なんかじゃない。天使になんかなれない。 にせものの天使にもなれない。12月にだって。 - 辿り着く途中 - 2002年12月01日(日) 気がついたらカダーのベッドでふたりで眠ってた。 カダーが出掛ける時間がとっくに過ぎてる。 わたしがうちの近くの地下鉄の駅まで送ってあげて、カダーはそこからシティに行くことにする。バスルームで髪にカッコつけててなかなか出て来ないカダーに「お手洗い使いたい」って言いに行ったら、「どうぞ。使いなよ」って言う。「ほら、使えよ。僕は平気だよ」。ほんとに出てくれようとしないから、洗面所の前に立ってるカダーの横でほんとにおしっこしちゃった。「このシャツいいだろ?」って買ったばっかりの新しいシャツ着て見せるカダーに「いいじゃん。カッコイイ。You look so good、首から下」とか言いながら。「うそ。おかしい? 髪おかしいの?」って本気で気にしてる。 うちを出るときに、「ハグして」ってカダーに言う。「もっと素敵なのしてよ」って甘える。「してるじゃん、素敵なの」ってカダーが言う。「キスして」ってわたしは言う。「もう一回」って甘える。 車の中で、カダーに電話がかかってくる。「今どこ? 今から出るの? 僕は友だちが今シティに近い地下鉄の駅まで車で送ってくれてて、そっから地下鉄乗るから。じゃあ着くのは同じくらいの時間になるね」なんて言ってる。 駅に着いて車を降りるときに、「サンキュ。じゃね」って人差し指でわたしのほっぺたをつついた。それからくちびるの端っこにキスしてくれた。 うちに帰ったら、カダーのルームメイトが電話をくれた。 「今日あなたんち行ったんだよ」 「僕のルームメイトに会いに?」 「そう。電話したらね、おいでって言ってくれたの」 「どうだった?」 「別に。よくわかんない」 「よかったじゃない。グッドニュースだよ、僕には。先のことはわからないけどさ、あんまり深刻に考え過ぎるなよね」 「言わないでね、会ったことあたしがあなたに言ったこと」 「言わないよ。僕と電話で話してることも言ってないだろ?」 「うん、言ってない」。 ほんとに、なんだかよくわからない。自分のやってること。 内緒にしなくちゃいけないことも。 また前みたいに3人で一緒に会いたいよって言ったけど、今はそれは出来ないよってルームメイトは言った。きっといつかそう出来るときが来るからって。 わかんない。何やってんだろ、わたし。でもなんでもいいや。 また電話が鳴って、ボニーからだった。 結婚式に行って以来、はじめて電話で話す。 しばらくいろんなこと話したあとで、ボニーが聞く。 「Howユs your love life?」。 「Itユs messed up!」。 大きなため息をついてから元気いっぱいそう答えたら、「聞きたい聞きたい」ってボニーが笑う。 なんてタイミングいいんだろ、ボニーって。 ドクターのときもそうだった。 もう少し前なら、わたしはきっと話せなかった。 ドクターのときみたいに、笑いながらまた全部話す。今日のことも話す。ルームメイトのことも話す。 2時間半も話した。聞いてもらって軽くなった。 でも。でも。でも。 ほんとに messed up だよ。 まあいいか。いいよ。Let it be。神さまにまかせよう。 わたしは多分、今どこかに辿り着く途中。 あの人の声が元気になってた。 素敵な天使。 早くあなたに辿り着きたい。 あと千年? 二千年? -
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